イベントレポート詳細Details of an event

第80回 AGC Studio Design Forum
AGC リノベーション展+DESIGN 基調講演
 「リノベーションにより開かれる建築」

2017年10月17日(木) 開催
講演会/セミナー

「リノベーションのカスタム化、セルフ化。自由なリノベーションへ」

 

松村 もうひとつ、同時代的に、利用側の動きがはっきりと表れたものにこれがあります。カスタマイズ賃貸とか、セルフリノベーションと言われているものです。かつて、東京の豊島区あたりで、メゾン青樹という会社が所有している築40年くらいの200数十戸ある賃貸マンションを、オーダーメードで、キッチンの位置から内装材から壁紙など、全部自由にしていいという、オーダーメードの賃貸があった。それをもう少し軽くするとカスタムメードになる。それから自分で施工をするということになるとセルフリノベーションになるのですが、賃貸の世界でそういうことがいつごろから始まったのか? 賃貸の世界はすごく硬直化した世界ですよね。ある土地の利用に関して、地主ではない他の誰かが勝手に提案してくれ、銀行も勝手に金を貸してくれるし、勝手に家賃が入ってきて、そこから勝手に資金が返済され、残った分でゆったりと暮らしていける、というのがモデルでした。

 

こういう土地持ち、賃貸マンションを持っている人が、子世代に引き継ぐときに今、とんでもないことになっている。空室率が4割などになって、築年数も50年とか60年とかで、修繕の積み立てもしてない、と。その状態で子世代が受け継ぐということになってきている。その受け継ぐ側が、例えば大企業のサラリーマンなどをやっていたりして、内実がどうなっているか知らない、と。「親父がやっているんだから、いいや」と思っていて、急に継ぐことになって、友人から「お前んとこは不動産があっていいなぁ」とか言われて、ふたを開けてみたら、大変なことになっている。このままでは改修もできない、雨漏りしても資金がなくて直せない。空室率も高く、改善の見込みがない。とんでもないことになっている、と気付く、そういうオーナー、30代から40代くらいの建物オーナーが日本に、同時代的に、大量に出てくるのです。

 

その人たちの胸を打ったリポートが、2010年に出ている。リクルートの住まい研究所におられた島原万丈さんが『愛ある賃貸住宅を求めて』という報告書を出された。これは業界でめちゃくちゃ有名なレポートです。この空室率が高まる時代にあって、問われるのは「愛」なんだ、とレポートしている。オーナーとしてあなたは、その賃貸住宅に愛があるか? と。住んでいる人たちがその賃貸住宅に対して愛を持ってない、プライドを感じていない、と。どこにも愛が存在しない居住形態、それがまずいんだと。愛を取り戻せ、みたいなことを訴えている。これに心を打たれたオーナーが続出している。

 

そのように困っている状況に対して、賃貸契約の中から旧状復帰の義務をなくしてしまおう、と。どうせ空いているのだから、借りる人の自由にしてくれ、と。そうやって自由にしたからには、その借主にきっと愛が生まれるだろうと。自分でペンキ塗ったから愛着が出る。また、オーナー像としても銀行に家賃が振り込まれるのを確認するだけだったのをやめよう、と。借主がペンキ塗る時は、俺も参加しようと。そういうことをやり始めたら、超人気物件になった。借りた人たちがSNSでどんどん発信するんですよ。「俺、賃貸なのに自分の家、ペンキ塗ってるぜ」みたいな情報をバンバン流すわけですよ。「ペンキ塗った後に、仲間と飲むビール最高!」なんて書いていると、見た人がそう思えてくる。それが全国で起こってくる。それは、ここに示すように、自分でやりたい需要と言うものが明らかに存在しているのです。大家も借主もそんなこと考えずに、ふたをしていた。これは東京の例です。

 

一方、福岡にも有名な例があります。福岡のカリスマオーナーで吉原さんという人がおられます。吉原住宅という有限会社を経営しておられる。もとは大きな化学メーカーの研究者だった方ですが、家の事情から40代の後半に会社を辞めて戻って来られたら、不動産がえらいことになっていた、と。似たようなことを始められたんですが。その吉原さんと数年前に話した時「今、福岡ではセルフリノベーションできます、と言った瞬間に待ち行列ができるんです」と。それくらい需要に供給が追い付いていない。セルフリノベ物件が出ていない。これこそ、利用の構想力がそれぞれの中に眠っているわけですね。そういうものを発散させると、突然、コミュニティーが生まれ始める。賃貸住宅にはもともとコミュニティーなどなかったのにSNSでつながった人から「俺も行って壁塗らさせてもらっていいですか」と連絡が来たり、友達の友達が参加してきたりと。そして、一緒に壁を塗った仲間に、賃貸のオーナーがいたりする。

 

先ほど触れた東京の会社のオーナーだった、青木さんが言っていましたけれど「先生、居住者にとっての賃貸の一番の価値が何であるかわかりますか?」と聞かれて「わかんないなぁー、立地?」なんて答えると「誰が住んでいるか分かること。どういう人が自分のアパート、マンションで暮らしているかが分かれば、すごい価値なんだ。自分と同じような価値観を持った人たちが住んでいたり、そこで楽しい会話ができたり、パーティーをできたりとか、そういうことにつながっていく」と。だからSNSで発信してカスタマイズされていくと、そういう住み手しか来なくなる。そういう人たちで埋まっていくからおのずとそういうコミュニティーみたいなものができていく、と言うわけです。

 

そこに示すように「弱い個人を結ぶ柔らかな絆」という言い方をしているのですが、明らかに弱い個人の時代に入ってきている。例えば東京だと世帯の平均規模は2人を少し超える程度、2コンマいくつです。東京で一番多い世帯タイプは1人世帯で、次に多いのは2人世帯です。相当弱い個人として暮らしている。家族で暮らしていたとしても、従来のような家族の強い絆ではない。そういう中でかつての家族に存在していたある種の典型的な絆ではなく、もうちょっと柔らかいタイプの絆が求められる時代じゃないか、と一部で言われています。また、こういうような築60年の建物は、計画されていないのです。さきほどの千代田3331も、もともとは学校として計画されており、アートセンターとしてはまったく計画されてません。計画されていないから自由にできることもある。最初からアートセンターとしてプロが設計してくれてたら、そのようにしか使えないけれど、自分たちでここをこうしようとする自由さがある。

1 2 3 4 5 6 7 8