イベントレポート詳細Details of an event

第102回 AGC Studio Design Forum
「2つの像を映す鏡」 ~展覧会「鏡と天秤」より

2019年4月26日(金)
講演会/セミナー

デジタルな映像を映すこと以外に、ミラーの一般的な用途イメージから人の顔を映すことなど考えたか

 

砂山 WEBカメラをガラスの裏側に埋め込んで、その映像を同時に出すということも実験していました。実は展⽰のものにもこっそり⼊れています(笑)。けれど、設計した空間のなかでは、バランスが悪いなと感じました。つまり、鑑賞者の顔を映すようにしておくことや、記録した⼈の顔などを映すと、そのコンテンツ⾃体が強くなりすぎます。できれば、このインスタレーションは、空間を歩いて⾏くことにより、シークエンスのような⾵景の移り変わりのようなものを⾒ていくというものにしたかった。あまりコンテンツにフォーカスされ過ぎると、それこそ、鏡を⼀つだけ置いて何かインタラクションを起こす⽅が⾯⽩いわけでですが、それだと空間インスタレーションという意味では弱さを感じます

 

今回やりたかったが出来なかった、というようなことはあったか

 

 先程も言ったことですが、会期の中で別々のデザイナーやメディアアーティストが、サイネージコンテンツを表⽰するというのを、本当はやりたかった。それをできなかったのが今回の⼼残りですね。複数のアーティストに画像を依頼するなら、たとえば、1⼈はタイポグラフィーのひととか。例えば、うどんとかそばとか、ラーメン店のメニューみたいなものがデジタルサイネージで鏡⾯にうかびあがっていたら、それはそれで⾯⽩いと思います。なんか、そういうバリエーションもあってよかったかなぁ、とおもいます。今回僕が⼿がけた映像の出し⽅というのは、この空間を使ったベーシックな表現になるという位置付けて、ここから展開できる可能性は膨⼤にあると思っています。

 

昨今の時代背景の中で、スマートフォンとデジタルサイネージのコンテンツの在り方の違いについてどう考えるか。

 

 僕は仕事で、国⽴近代美術館のデジタルサイネージのシステムを⼿がけています。あそこにはものすごく⼤きなサイネージがあります。物質的な質量を伴わない情報を送り届けるためにしては誇⼤な、あの存在感の強さはなにかまだ検討の余地があると思っています。近美は建築家の⽅が設計しているので、設計として丹精に納まっているのですが、空間に対して不⾃然に存在感の強いデジタルサイネージは世の中に多くあると思います。そもそもスマホがあったら、サイネージなんかいらない、という意⾒もあると思います。ですが、スマホとデジタルサイネージそれぞれに情報の届け⽅、受け⽅に違いがあるとおもいます。スマホによる情報提供は多くのデザイナーが関わっているので、かなり洗練されてきていますが、デジタルサイネージはハード⾯においてもソフト⾯においても、まだまだデジタルサイネージというメディアの特性を考慮したデザインは検討の余地があると考えています。つまり、情報を送り届けるメディア装置の物質的な特性に適したコンテンツやハードの設計を考えることが最も⼤切だとおもいます。

 

*この後、会場からの質問を受けて終了。

 

 

1 2 3