イベントレポート詳細Details of an event

「おおきなまちのちいさなリノベ」連動企画 実務セミナー
「若手建築家が想像したリノベーションの世界」

2016年10月6日(木)
講演会/セミナー

海法 圭 氏
(建築家)

 

青木 弘司 氏
(建築家)

 

※2016年10月6日に開催

 

海法 こんにちは、開催中の「おおきなまちのちいさなリノベ」展の会場構成および展示内容を提案した海法です。AGCの方々と3、4か月に渡り議論し、技術開発の方々とも意見交換をして、2025年にあるべき「まちのリノベーションの在り方」を考えました。その結果は下階に模型で展示してありますので、ご覧ください。今日は展示と関連したトークイベントとして、建築家の青木弘司さんにご登壇いただきます。 今回の展示で私が考えたことをご説明したのちに、青木さんのコメントやレクチャーをいただきながら、話を深めていきます。

 

海法 東京の街の成り立ちを簡単に振り返ると、江戸時代に撮られた写真から屋敷森という緑地が敷地内に点在しているのがわかります。江戸はヴォイドを持つ庭園都市でした。この大きなヴォイドは東京の地形を読み取りながら建物の配置を決めていたりするのですが、ヴォイドが都市機能の長期にわたる変化を受け止める余剰として働き、都市の構造自体を大きく変えないようになっています。古地図と今の地図を重ね合わせるとよくわかりますね。東京は過去100年の間に3度の破壊を経験したと言われています。1つ目が関東大震災で、東京の東側約半分が焼失し、次が第二次世界大戦の空襲、最後は高度成長期の「スクラップアンドビルド」であり、戦後は資本主義によってまちが破壊と創造を繰り返しました。いずれのときも、東京が持つヴォイドが、スムーズな都市再生に貢献しました。バラックが成立したのは余剰のスペースがあったからです。

 

第二次世界大戦以降は、自由な経済活動と徹底した土地私有制、つまり資本主義が街をつくってきた。東京には全体で約180万人の土地所有者がおり、東京の都市空間にはパブリック空間とプライベート空間しかない。プライベートな家の中と、1歩家を出た瞬間に広がるパブリックスペースです。北山恒さんはこのパブリックは、自由にふるまえるという意味でのパブリックではなく、行政に定められた、権威主義的なパブリックであり、徹底的に管理されたパブリック空間と自由なプライベート空間の二項対立が今の東京の都市空間を形作っていると指摘しています。プロジェクトの始まりとして、まずは学生をまきこんで街を歩き回ってもらい、ガラスまわりに面白い風景が見られる写真をたくさん撮ってきてもらいました。それらを観察、分析しているうちに、パブリックとプライベートの間にあるように感じられる、あいまいな共有地に見える場所みたいなものに現状の閉塞感のある都市の営みを打破する可能性を感じ始めたことが展示内容を考えるきっかけになりました。

 

 この150年間の近代化により形成されたフロー型社会から、いまストック型社会へ移行しつつあります。150年の成長による都市というものは、システム面や政治面などあらゆる面で柔軟性を失い、うまく立ちいかなくなっている側面が当然あります。僕たちはフィールドワークをして街の風景を写真に撮りためました。写真を観察・分析すると、その150年の硬直は、まちの風景としても現れていると再認識しまし。その硬直化した風景にリノベーションという手法で介入し柔らかくする。そういう意識で13の提案をいたしました。その際、その柔らかさを取り戻せそうな場所を「まちのピース」と名前を付けて、提案ごとに挙げているのですが、先ほど言ったパブリックとプライベートの間にある、所有の曖昧な場所、以前青木さんから「それってコモンのことでしょ?」と分かりやすく言い換えてもらったのですが、そういうコモンというものが、これから豊かな生活していくにあたって、すごく大事なものになってくるのではないかと思いました。硬直化した風景を柔らかくすることが、コモンになりそうな場所を見つけ出してその可能性を最大化することとほぼ同義になるような設計をしました。1階にある模型は東京の街から断片的にとってきたものをコラージュして集積した、ちょっと不思議な街になっています。

 

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