イベントレポート詳細Details of an event

第77回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.19「新しい建築の楽しさ2016」展連動企画
「プライベートスペースをパブリックに開く」

2017年2月16日(木)
講演会/セミナー

中崎 落合さんの貸し農園のキッチンラウンジは営業を基本にしながらパブリックに開いていて、何らかの利益が生じるということだと思うのです。一方、ワカミヤハイツの場合は、どうも営業ではなくて、そこに住んでいる人たちが自分たちのための場所をつくって、それが段々周りに開かれているわけで、運営の質がまったく違うと思うのです。ビジネスだと、儲かるか儲からないかの判断をするのですが、ワカミヤハイツのキッチンラウンジの運営は新しいかたちかなと思います。伊藤さんのプロジェクトと市民農園付きのプロジェクトは、店舗併用住宅として、あまり性格が変わらないと思うのです。落合さんはどちらのほうに可能性を感じていらっしゃいますか。

 

落合 まさに、今日来る前に、店舗併用住宅、もしくは商業住宅とどう違うのかなぁ、と考えながらここに来たのです。まぁ、お金がその場所と一対一の関係になるかというのは、それが分かりやすいかたちであれば、商業スペースと呼べるのですけれど、実は「ワカミヤハイツ」では、そうは思っていなくて、ここもある種の商業スペースであるという認識を半分くらい持っています。そうでないと、この土地の運営は成り立たないので、そこをゼロにしようとは考えない。ただ、単に場所貸しする、スペース貸しにしてしまうのか、そうではなく、住んでいる人たちがオーナーさんとはまた違う運営をする。ここに関わるメンバーシップの方向性というのが、ここに住んでいる人たちによる運営ということになっているので、完全なる商業スペースとは言い難い。

 

自分たちも普段この場所を生活の場として使いつつも、「ちょっと小銭稼ぎたいね」という声がないわけでもないんです。例えば趣味で、アクセサリーみたいなものをつくって、ここで売るとか。そういう言葉がワークショップの中で出てきています。そこの線引きというのは、どっちがどっちという感覚がありません。私の自宅のコーヒーショップも、まだ商業的にどうこうするわけではなく、住んでいて、そこに近所の人が入って来て、知ることもできなかったことが知れたとか、そういうのは住んでいて付加価値だと思うのです。ただ、こういう場所があるだけで、何かしら自分にプラスが返ってくるので、そういうところも価値として感じています。

 

中崎 馬場さんのプロジェクトの説明では、敷地は下北沢周辺にある。その周辺には住宅と店舗などを併用している人が多い。そういうエリアの文化があって、その文化を期待して賃貸住宅を設計した。その賃貸住宅は、店舗または事務所として使うこともできるようにしている。ただ入居者全員がそういう選択をするわけでもないと思うのです。コモンに2つの種類が発生するというか、不特定多数が来てもいいということを受け入れるコモンと、そういうのではなく、そのアパートに入居する人や周辺の人たち限定のコモンを求める人たちの2種類あると思うのですが、デザイン的にそれをどう処理しますか?

 

馬場 強い人だけでなく、弱い人もお年寄りも、スマートフォンを持っている人も持っていない人も自然と同居したりするのがいいなあと思っています。今、2種類のコモンと聞いて気がつきましたが、社会や世界との接点というのは本来能動的に見出すものですよね。北側の通路に面した部屋の数や間口の違いで一応計画していますが、コモンスペースを計画するというより、それを人それぞれに見出したり、見の置き方をアレンジできるような拠りどころや調整代をつくろうとしたのだと思います。プロジェクト自体が現状うまくいっていないので、説得力に欠けるところではありますが…

 

中崎 そのプロジェクトが止まっているというのは、2つをうまく組み合わせて事業を成り立たせるのが難しいということではないですか?

 

馬場 そうかもしれないです。クライアントは土地に由縁があるわけでなく、投資案件として提案を求められました。ただ、駅から少し離れた場所で、敷地形状や既存不適格擁壁などネガティブな要素もあるので、既存のモデルがうまく機能するか微妙な線かもしれないという認識があったと思います。そこで敷地の弱点を建物の個性に転換しつつ、美味しいところはマスなニーズ向けとして、少々癖のあるところは価値軸を変えて個別なニーズで埋め合わせるというこの方法は面白いと盛り上がったのですが、あくまでも投資案件なので、リスクに見合う対価が数値化できない以上判断しかねる、というのが実情なのだと思います。計画が通らなかったわけではないのですけれど、そういう厳しさはありますね。

 

落合 あれ見て、半分降りたり、上がったりと。本当にそれだけでもスペースとしてコモンもつくれるし、プライベートもつくれると思うのですが。あの空間だけでも開いたり閉じたりできると思うのですが、そういうことについては馬場さんの中でどう処理をしているのですか。

 

馬場 住戸割のスタディはまさにそのようにやっていて、公と私の間にいきいきとしたコモンスペースがある、という想像を膨らませながら色々なタイプをそれはもう楽しく描いています。ただ、当たり前ですがそのスペースを実際使用し運営していくのはユーザーの方自身ですから、それはかりそめのイメージです。持続的にその時その場所に関わる人にきっかけを提供したり改編を動機づけるようなあり方とは何かを考えているわけです。

 

中崎 スペースについての議論が続いているのですけれど、モノ派と位置付けられた伊藤さん……

 

伊藤 それはちょっと反論があります(笑)。僕のプロジェクトはもともと住宅という枠組みのオーダーだったものを、せっかくお金を出してつくるのだから、山間部の製材所から、街中にサテライト(ギャラリー)を持って来ましょう、という方針を提案したわけです。ですから、僕が一番の空間派じゃないかと思うのですが(笑)。人間にとって、空間の近さというのは非常に重要だと思います。象徴的なのは、すぐ近くに大きなホームセンターが2軒あるんです。でもそこで商品を選んで買うことと、近くのこの場所で製材所の社長と立ち話ししたり、相談したり、観せてもらったりをするのは全然違う体験ですよね。そういう意味で、空間を無視しているわけではないし、落合さんみたいに中間領域として空間をつくっている訳ではありませんが、もう少し拡げてまちという空間について考えたかったというのはあります。

 

中崎 モノを使ってコモンなり、パブリックに開くというのは難しい? 馬場さんはそれが可能だと思いますか?

 

馬場 そうですね、僕の定義は相当乱暴だと思います(笑)。伊藤さんのプロジェクトでは、端材のような小さな広葉樹材をいかに使うかを徹底的に研究されていて、濃密なプレゼンに引き込まれたのですが、少々スムーズすぎる感じもしました。様々な情報が得られた後、作り方の決定段階でそれがパブリックに開かれる契機をどのように織り込んだのかもう少し聞きたかった。ひとつ素朴に思うのは、構造でなければいけないのか問題。端材達が主役として一番輝くストーリーを考えると、構造そのものになった時なのは当然分かっているので意地悪な質問なのですが、一方で、特殊な構法なので汎用化しづらいし、取り換えるのが大変ですよね。でもだからこそ得られている強さもある。広葉樹材を通してまちについて考えるというのは具体的にどのようなことだったのでしょう?

 

伊藤 まず、今、広葉樹材というと、家具か薪しかないんですよ。建材は流通量も多いし、製材業の視点から言うと、広葉樹が建物に置き換えられるのはいいと思うのです。例えば、茅葺屋根だったら、地元で採れた萱で屋根をふきますよね。僕の場合は、地域の営みを空間的な視点から見直したり、建築を共感できる技術として見る所から、今回のテーマに繋がれば良いなと思います。

 

中崎 だいぶ、違うテーマに入り込んでいますし、時間が来ましたので、そろそろ会場からの質問を受けたいと思います。プライベートスペースをパブリックに開くというのは、たぶん一つのプロジェクトでは難しいのではないかと思います。落合さんは2か所やっていて、もう少し周辺にいくつかそういうものができたほうが、個人のものをより開きやすくなっていくし、訪れる人も訪れやすくなると思います。そういう働きかけをしていく必要があるのではないか、と話を聞いていて思いました。ですから、伊藤さんのプロジェクトも離れたところにある製材所と、住宅の間をどうつなぐとか、馬場さんは、もう少し周辺にそういうプロジェクトが出てくるといいですよね。
*この後、会場からの質疑を受けて終了。

 

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