イベントレポート詳細Details of an event

第96回AGC Studioデザインフォーラム 「空間のしきり」

2018年9月13日(木)
講演会/セミナー

 さて、本題に入りましょう。
 まずは視覚障害を持つ人が公共空間でどのような情報を頼りに移動しているか、についてお話しましょう。
 公共のスペースでは必ず、白い杖「白杖(はくじょう)」を持っています。その理由としては、安全性の確保、情報の入手、視覚障害者としてのシンボルなどが挙げられます。今日、白杖を1本持ってきていまして、これは折りたたみ式のものです。他に、1本の棒になっている直杖(ちょくじょう)タイプもあります。長さは身長に合わせて製作され、道路交通法で視覚障害や、聴覚障害、肢体不自由のうち道路の交通に著しい困難がある人だけが携行を許されています。
 また、白色が一般的ですが、道路交通法では、白もしくは黄色であることと規定されています。なぜ、黄色なのかと言うと、雪国で使用するとき、白だと雪に同化してしまって見えなくなるので、黄色も可とするということのようです。安全性の確保という点では、例えば、階段に近づいたときに白杖で確認する、点字ブロックの上を歩くときに白杖を介して情報を入手する、などが白杖を持つ目的となります。

 

 最近、白杖が社会問題になったことがあります。白杖をつくときに音を鳴らすことがあるのですが、これを「うるさい」と感じる人がいるようです。
 なぜ、音を鳴らすかというと、2つの理由があります。一つは、音を出したときの反射音を耳で聞いて周囲の状況を確認しています。もう一つは、音を出すことによって、目の見えない人が歩いていることを周囲の人に警告する、という目的があります。視覚障害の人はこういう目的のために、白杖をつきながら音を出して歩いているのですが、残念ながら、公共の場ではそれをうるさいと感じる人がいるのが現状です。

 

 この”音”をもう少し掘り下げてみましょう。
 杖の音で周囲の状況を確認することがどういう感じなのかを、視覚障害の人に聞いてみると、何かが近づいてくる、壁がそばにあるなど、そういう”気配”がする、ということでした。その気配の正体について研究された方がいらっしゃって、そういう気配についていろいろ調査すると、歩行時の足音の反響音などを耳で察知し、それを気配として感じるということがわかりました。
 足音だけでなく、杖の音、手を叩く音など、いろいろな反響音があり、視覚障害の人は耳をよく使って行動するため、そういう音にとても敏感です。目が見える人に比べて、音に対する感度がより高い、と言えると思います。
 ただし、注意したいのは、視覚障害の人のほとんどが耳がいいのかと言うと、そうとも限りません。最近は、人生の後半期で視覚障害を持つ人も多く、緑内障や糖尿病が原因となって、視力を失う人もいます。そういうケースでは耳を鍛える余裕がないので、先程言ったようなことはできない場合が多いです。
 そのため、音を出すだけでは、視覚障害者のサポートとして十分ではない、と言えます。また、耳を酷使しすぎて、視力に加えて聴力を落としてしまう、盲聾(もうろう)という状態の方もいますので、それについても知っておきたいところです。

 

 最近、白杖で音を出して周囲の人に存在を知らせるニーズが、ますます増えています。それに関係しているのが、歩きスマホの増加です。スマホを見ながら歩いているので、前を見られず、視覚障害の人とぶつかってしまうケースがある。杖をついている人は見えないので、避けようがない。こういう事故が最近増えているので、歩きスマホの人に存在を知らせるという意味でも、白杖で音を出し、相手に警告するという情報が重要になっています。
 東京消防庁のホームページ資料によると、歩きスマホによる事故数は、平成28年度は年間50件以上です。これは東京で事故の報告があった件数でして、報告されないケースもあり、実際に危ない目にあった人はもっと多いと推測されます。

 

 そこで、視覚障害の人が公共スペースでどうすればうまく自立して歩行できるか、が課題になるわけです。その助けになるようなナビゲーションサインが出せればいいなと思い、いろいろ事例を集めてきました。音だけではなく、様々な五感をフル活用してナビゲーションできることを考えてみたいと思います。
 まず、聴覚についてです。周囲の音を頼りに位置を定義するためには、どんな工夫があればいいのかというと、まず、環境の変化がわかるように音が変わるといい、ということが挙げられます。例えば、反射音を変える方法があり、床を杖で叩く際、床の素材によって反射音が異なります。つまり、床材の変化によって、エリアが変わったことを視覚障害者に伝えることができる。また、天井の高さが変わると、足音の響きが変わってくる。このように、床材や天井の高さを変えることで、視覚障害者に「音が違い、雰囲気が違う」ことを伝えることが可能です。
 実際、、ドイツの研修・休暇施設の「フールサングセンター」は廊下の曲がり角の天井の高さが異なり、「今、角に来ているんだな」ということがわかる仕組みになっています。

 

 また、環境音を変えるのも一つの方法だと思います。公共空間では音楽をずっと流すのは難しいので、例えば、風の音や鳥のさえずりなど、自然の音を流しているところがあります。そういうケースでは、鳥の鳴き声を変える、水の音と風の音を使い分けるなど、背後に流す音を変えると、視覚障害者はそれを敏感に察知して、自分は今どこにいるかという情報を得られるわけです。
 さらに、庭園などでは、植生を変えることもできます。常緑樹と針葉樹では、風が吹いたときの葉ずれの音が違うので、それによってエリアの情報を伝える試みが行われているところもあります。

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