イベントレポート詳細Details of an event

第75回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.19「新しい建築の楽しさ2016」展連動企画
「建築的視点を拡張する」

2016年12月15日(木)
講演会/セミナー

第二部:トークセッション

 

中崎 どうもありがとうございました。この「新しい建築の楽しさ」という展覧会は、私が AGCさんのウェブサイトで毎月連載している、同じタイトルの記事を1年分まとめ、そのプロジェクトを模型展示するというものです。今回、岩瀬さんの木津川の遊歩道を取材しようかどうか悩んだのですね。それは建築ではないものを対象にしてしまっていいのかどうかという理由でした。今後、建築以外の取材対象になるものが出てくるかどうか不安がありまして、躊躇したんです。でも、まぁいいだろうと考え取材を決めたのですが、ちょうどその頃、山岸さんとお会いする機会がありまして、「今、何をしていますか」とお尋ねすると、「あいちトリエンナーレの会場構成に取り組んでいる」と聞きまして、これもまぁ、建築ではないので、「ああ、二つ目が見つかったなぁ」と。もう一つプロジェクトがあるといいなぁ、と思っていたところ、蘆田さんのプロジェクトを見つけて、3つ揃ったのでやれそうだ、と(笑)。今後、こういうものが増えていくのではないかと感じています。で、今回のテーマは「建築的視点を拡張する」ですが、3人のプロジェクトをまとめてテーマ設定するのに困りまして、こういう設定にしたのですが、無理やりですが、建築と土木の両方をやっておられる蘆田さんから、岩瀬さんと山岸さんのプロジェクトを見て、建築的な視点を拡張しているか、また拡張しているとすればどの部分について、そう感じたか、まずお聞きしたいのですが。

 

蘆田 岩瀬さんと山岸さんのお話を聞いて思ったのですが、どちらかというと、建築的視点を拡張する、というよりは、お二人がされているのは、建築的な視点を他の領域に持ち込むことだな、とすごく感じました。岩瀬さんの遊歩空間のプロジェクトについて言うと、土木的な空間というのは、技術的な都合が大事で、あまり人のことを考えていないのです。もちろん安全性などはすごく考えられているのですが、そこで人がどのように物事を感じるかとか、どのような場所があると人が心地よく感じるだとかが全然考えられていない。そこに建築的な視点を持ち込むということは、身体的なスケールを持ち込むことだと感じます。例えば18センチの段差という事に対して、土木の世界では18センチについて全然考えない。でも人が触れる寸法を徹底的に考えるのが建築の設計なので、そういう視点を土木のスケールに持ち込んだのはすごいですね。あれだけの領域でそうするのはものすごく大変だったと思います。人がここに座ったらどうだろう、というのをモジュールで考える。18センチのスケールを設定し、そこから大きなものに持っていくというのは建築的な視点だと思いました。

 

山岸さんのプロジェクトについて言うと……。その前に、岩瀬さんと山岸さんの二つのプロジェクトについては、中崎さんのチョイスが素晴らしいと思います。で、山岸さんのプロジェクトですが、まさに建築的な本質の部分を別の領域にまで拡張した事例だと思います。岩瀬さんの(建築的視点のポイント)は身体的なスケールだったのに対して、山岸さんのは、動線だと思います。建築の設計というのは、基本的に寸法と動線、つまり人がどう動いてどのような所作をするかを決めるのが設計と言っても過言ではないと思うところがあります。その動線について、アートをどう見せるかを、建築的な視点で考えておられた。人が動くこと、空間と動線をデザインすることで時間を設計している取り組みだと思いました。

 

中崎 岩瀬さんや山岸さんはどう思われましたか?

 

岩瀬 いま蘆田さんが仰ったことに共感しています。山岸さんの話は、まさにサーキュレーションを扱っていたりだとか、都市的な視点だとか、建物の成り立ちなどからサーキュレーションの設計を行なっており、そういう建築の構築的な考え方をを総合的にほかの分野に応用しておられると思いました。蘆田さんのプロジェクトと合わせてみてみると、時間に関して、まったく違う時間を扱っているのだけれども、対比がすごく面白いと思いました。もう一つは、お金のマネージメントに関しても扱っていることがすごいなぁ感じています。先日、小豆島へ所用で行ったのですが、小豆島では、アートという文脈のなかで取り付けた予算を、実際にトイレなど公共の施設にお金を付けて整備していますよね。蘆田さんのプロジェクトでは、すごく長いスパンで計画をして、それに対してどのようにお金を付けるかまで考え、そのコンセプトからスタートしてところがすごく興味深かったです。

 

山岸 中崎さんの「拡張」という言葉に正確に応えているかどうか分からないですけれど、それぞれのプロジェクトでは、違う言語を話す人たちと徹底して対話する、ということがあると思います。私も、かつて事務所に勤めていた時に、寸法体系だけでなく、話す言語がまったく違う方達と仕事をしたことがあります。岩瀬さんはそれを、モジュールなどを緻密に考えて、(言語が違う人々の感覚を)自分のところへギュッと持ってくるようなことをされ、そうやって対話を引き寄せた結果、(土木や行政の人たちに)「だったら、こういうことができるよ」と、相手の能力を引き出しておられ、すごいなぁ、と思っていました。

 

岩瀬 嫌われましたけれど(笑)。

 

山岸 蘆田さんの雪国の話は、私も十日町で仕事をしてきたので、すごくよく解って、「そうなんですよ!」とうなづきながら聞いていました。街路樹できました?

 

蘆田 街路樹はまだ植えてないです(笑)。

 

山岸 樹を1本植えるのがいかに大変かはよくわかっているので……。また土木のスケールの話やエネルギーに関しても、雪国の言語というか、雪国の常識みたいなところを、最初からもう一度考えてみようよ、こうしたらどうだろう、という視点でデザインされている。「デザインではこういうことができるでしょ?」ときれいに問いかけておられる。言語の違う人たちといかに対話して建築の言葉を通用させていくか、というところに共通点を感じました。

 

中崎 私は建築ジャーナリストなのですが、プロデュースの仕事もしています。プロデューサーには、違うジャンルの人間の間を、通訳するという役割があって、建築家の方々の今までの話を聞いていますと、建築家もプロデューサーになれるのかな、と思いました。その可能性はあって、建築は建築、土木は土木というふうに分けるのではなくて、蘆田さんが仰ったようにシームレスにつながっているのですから、うまくつないでいける能力のある方はまちをつくっていく仕事に関わるといいかな、と思います。

 

3人のプレゼンテーションの中のディテールの話なのですが、岩瀬さんのデザインした段差に、勝手にソファを置いたという出来事がありましたね。あれはすごく面白いと感じたんですね。以前、私はパーク・パーツ・デザインプロジェクトというの勝手につくって2年ほどやったことがあります。それは既存の公園や広場にあるベンチなど、そういったものに何かを加えていって自分の居心地のいい場所なり、自分なりの空間をつくっていくことができたら、公共空間が面白くなるのではないか、と。そこで、そういうものをプロダクトとして製品化するということを試みましたけれど、現時点ではうまくいっていません。岩瀬さんのプロジェクトでそういうことを試みると面白いと思うのですが、可能性はありそうですか?

 

岩瀬 やってみたいなぁとは思います。あれが何で起きたのか、あれがいいのか悪いのかについて、私も最初はよく分からず、自分の態度も決められなかった。「何で、こういうことが起きたのか?」と考えちゃったのです(笑)。大学に居たのでいろんな人に聞いてみたのです。 中山英之さんに聞いたら「難しいね、これは」と。見ている側としては面白いけれど、設計者としてはどうなのか? みたいなことを言われましたし、乾久美子さんや中川エリカさんとかは「メッチャ面白い!」と、ノリノリの反応でした(笑)。まぁ、中山さんが仰るように「いい嘘は教えられない、みたいな感じだよね」と、難しいなぁと思ったのですが、改めていろんなところでレクチャーさせてもらっている時に、青木弘司さんの一言が気になったことがありました、「岩瀬さんのは、ウッドデッキじゃないからいいよね!」と。確かに、ウッドデッキでないものを普通に選択していたけれど、ウッドデッキが敷かれた瞬間、「そこは床」となって、アイコンとして認識されてしまう。そういう点で、素材が持つ力、ただの段差、ニュートラルな設えというのが、人間の自由な発想を呼び起こすのかな、と改めて思いました。あそこにはたくさんの段差があり、利用者が想像力をはたらかせることができる場所なので、ここで何をしようか、と人々が想像することに対してプロダクトを一緒に考えることができたら面白いですよね。いろんな人を巻き込めそうです。

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