イベントレポート詳細Details of an event

第67回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.15「新しい建築の楽しさ2015」展連動企画
「文化を再編集する」

2016年2月18日(木)
講演会/セミナー

中崎 みなさんどうもありがとうございました。今日のテーマは「文化を再編集する」です。畝森さんのプロジェクトは市民文化の再編集であり、弥田さんは建築の再構成、並びに展示の視点からの平安時代の文化財の再編集であり、永山さんは企業文化の再編集です。それぞれに再編集、再構成しておられるわけであり、これからトークセッションに入りたいところですが、時間がもうほとんど残っていません。そこで、1人ずつ、今日の発表に対する感想と、もし質問があるようでしたら、それをお話しください。

 

畝森 お二人ともとても丁寧に設計されていることがよく分かりました。僕は敷地周辺のことをほとんど説明しなかったのですが、弥田さんは自然環境、また境内の経路や既存の建物のこと、さらに歴史的経緯や人間と神の関係など、与えられた様々な状況や条件を細かく観察されていて、それを建築に繋げている。永山さんも企業が求めているプログラムやイメージ、地域の景観などを非常に大切にしながら建築に展開されているのが印象的でした。再編集という今回のテーマに近いのかもしれませんが、過去から育まれてきた歴史や環境、文化を尊重し受け入れた上で少しだけ手を加えるように建築をつくる姿勢にとても共感を覚えました。

 

弥田 永山さんが「肌理」と言われていましたけれど、それにすごく共感しました。まったく同じではないかもしれませんが、僕も常にそういうようなことを考えて設計しています。解像度とか精度という言葉でも考えているのですが、例えば美術館だと、展示室に至る空間や外観など、今、世に溢れている建築の解像度や肌理がちょっと一本調子すぎるような印象を持っています。数字で喩えてみると5とかいったぬるい解像度で建築ができており、特に美術館の展示品は精度が高いので、0.1というレベルのものがあったりするため、対峙する時に建築の側が5ではとても対応できないし、1でも足りなくて、0.1ということを考えながらも同時に0.1的に情報量を減らしていくことが大切です。解像度を高めるのだけれども情報量は減らしていく操作をしっかりしながら、そればかりだと詰まってしまうので、シークエンスの中で10から1の共存みたいなものをつくり、その空間を進んでいくに従い、解像度を対応させる必要があるだろう、と。そこまで我々は考えてつくらなければならないと常々思っています。それは美術館の展示室から無意識のノイズを取り払うような仕事につながる、あるいは質につながると考え設計をしているので、いろんな方向性で肌理や精度を考えていくべきだろうと思います。

 

また畝森さんのプロジェクトであれば、広く市民の声を丁寧に集めながら考えておられて、それを加工したり、選択したり、時には差し替えていったりなどもあるかと思うのですが、そのプロセスは実は先程の解像度と同じで、大きく捉えるところもあれば、すごく細かいところまで突き詰めていらっしゃるところもあるのではと思いました。背景は違うかもしれませんが、ワークショップでやられていることは、丁寧であり、バサッとやる部分もあり、解像度的に10から1を共存させておられるのではないかと。そして「文化の再編集」というテーマに寄せて言えば、建築自体が文化だとすると、今の建築の文化というのが、精度的に甘くなりがちというか、よく考えられていないのではないかという気がします。もちろん細かくやればいいというわけではなく、大きくやることと小さくやることのバランスをどうとらえるかの視点がすごく重要だと思います。

 

永山 他の人のプレゼンを聞く機会は久しぶりで本当に勉強になると思いました。畝森さんの設計プロセスを見た時に、今回の再編集という言葉にぴったりだと思いました。もう一度、制度から見直すというか、疑ってみるという姿勢が建築の形につながっていくプロセスにすごい説得力があると感じました。図書館の分類を建築的な空間の分類まで広げていくということは、今求められている建築のつくり方だと思います。単に形の操作であるとか、建築の新しさということを超えて、制度の新しさと、人と人とのつながりの新しさなどまで媒介する役割を建築が担う必要がある、と。その時にはもう一度すべてを編集し直す勢いが必要なのだと思い、これからの建築の可能性や楽しさを感じました。私は公共建築と関わることが少なかったのですが、豊島横尾館をつくった時に建築が地域に対してどのような役割を果たすべきかを考えさせられました。今回の畝森さんのプロジェクトは、そんな可能性の一つを見たような気がし、すごく刺激になりました。

 

一方、弥田さんのプロジェクトは、ご自身が仰っていたように、ものがどうあるかについて一つひとつとても細かく丁寧に考えながら、既存の建築との関係や周囲の環境とのバランスを考え、どんなものがそこに立ち現れるべきかについて、モノの質を考え直していくという点で、建築は最終的にモノとして現れていくので、そこに対しての責任の持ち方に大きな気概を感じさせられました。それは私も思っているところであり、大きな建築は、存在そのものが街に対してある意味暴力的な行為をはらむものなので、その存在をどこまで弱めていくか、一つひとつの細かいところまでもう一度疑って、再編集をする必要があると感じます。隈さんの事務所で関わられた根津美術館でも光の当たり方まで細かく考えておられて感動した経験があります。宝物という圧倒的なモノの前で、建築のモノがどう立ち現れるべきかを、自問自答されながらモノと人との関係を突き詰めておられるのだと思います。そのモノと人との距離感には日本的な文化が現れると思いますので、そういうものに対して何かしようとしておられるのを感じて、とても面白かったです。

 

中崎 時間をかなりオーバーしているので、会場からの質疑がなければ、これで終わりにします。どうもありがとうございました。

 

 

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