イベントレポート詳細Details of an event

第66回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.15「新しい建築の楽しさ2015」展連動企画
「署名された「アノニマス」」

2016年1月14日(木)
講演会/セミナー

 

吉村 吉村です。こんばんは。青木さんから「署名されたアノニマス」に対する直球で真摯な問いかけがなされた後で恐縮ですが、僕は、今日のタイトルが何であったかもほとんど忘れてここへやって来た次第で(笑)、僕なりに応答できるようがんばります。さて、僕が出展させていただいたのは「福増幼稚園」の模型です。この「福増」というのは地名です。千葉県市原市に福増と呼ばれる場所があるんです。(航空写真を示し)ここに、現在すでに幼稚園として使用している建物があります。また、そこから100メートルくらい離れたこちらには駐車場のスペースが足りなくなって何年か前に購入していた土地があったのです。その土地で、乳幼児向けの一時保育を始めたいという希望が出ました。

 

このあたりには古い倉庫が1つ建っていたので、当初はそれをそのまま使って新しい幼稚園をつくれないだろうか、という依頼でした。なお、この案件はクライアントから直接設計の依頼が来たわけではなく、日比野設計という幼稚園や福祉施設に強い設計事務所経由での依頼でした。最初は、福増幼稚園から日比野設計へ設計依頼があったのですが、コストや工期、繁忙の問題等で日比野設計ではできない、と。それで、もう少しローコスト、短工期でできる建築家はいないだろうかと検索してウチにたどり着いた(笑)。「そんなに安くはできないよ!」と思いつつも、難題がふりかかってくると奮い立つものがある。そこは建築家のサガで引き受けてしまった(笑)わけです。日比野設計には監修という立場で関わってもらいました。

 

 そこに建っていた倉庫がこれ(画像)で、なかなかいい朽ち方をしています。何とかこれをそのまま使いたいと思って設計を始めたのですが、用途が変わるので再申請をしなければならず、22条地域なのに建っている位置が道路に近過ぎて、耐火構造の壁をつくらなければならないなど、ややこしい問題が山積していました。そして設計の途中でこれをこのまま使うことには困難という判断に至りました。

 

 ただ僕は、倉庫のリノベで行こうと考えている段階から、こういう大きな殻と、その内側で折れながらひとつながりになった壁で建築をつくろうと考えていました。大きな屋根の下では雨でも子供が走り回ることができます。折れ曲がっている壁は、空間として完全に場所を囲い取るようなものではなく、園児がその裏や表に行くのを繰り返しているだけで、なんとなくおぼろげに場所を感じられるとうな仕掛けです。室名表示に頼らず園児が自分で使い方を考える力を信じる。そういう壁を考えていたのです。このアイデアは理事長にも気に入っていただいていました。ですから、既存の倉庫が途中で使えないことになっても、デザインを一から見直すのではなく、ただ倉庫を何かに置き換えようと考えました。そこでいろいろと探しまわって見つけたのが、この鉄骨造のテント倉庫です。

 

これは、サンワ企業さんというところの倉庫を使ったのですが、いろんなバリエーションがあって、例えばこのテントは「走行式」と言うのですが、レールがあってテント自体を開閉できるような仕組みのものです。また屋根を開閉できるものもあるし、冷蔵できるテントなど、いろいろな用途・機能のものがあります。しかも、すこぶる安い。天井高8mくらいのものが、坪単価で15万円ほどです。昨今、建材と人件費が高騰する中で一際安いコストで建つ構造物なのです。そういうものを受け入れて、その中であえてインテリアのようなことをやるというプロジェクトです。ただ新しいテントを使うにしても法規面はかなり綿密な協議が必要でした。混構造であれば「適判」(構造計算適合性判定)に回さなければならないところですが、この建物の場合は外の鉄骨造りテントと内の木造がまったく触っておらず、基礎も切れているのですね。平面的には重なっているのですが、厳密な意味で混構造ではないという判断がされ、適判をパスさせてもらうことができました。

 

先ほど、青木さんが「変数を増やすことでアノニマスな状態に近付ける」という仮説を立て、モノ中心の空間を実現し、エレメントの関係性の再編をすると話されましたが、僕なりにアノニマスを考えたとき、繰り返し自分の作品で試みてきたことに「他者の受容」があると思っています。「他者の受容によってアノニマスな状態に近付ける」という仮説です。例えば、僕はコンテナの規格を使った建築をいくつかやっていますけれど、コンテナ規格そのものは僕が設計したものではない。でも、それを受け入れながら設計していくことで、署名的であることから少し距離を取れるのではないか、と考えているのです。これ(画像)は展示されている模型とは別のスタディ模型なのですが、今回のプロジェクトで言うとこの白いテント部分が既製品です。一方、その中には防水もしていないような木製の壁が縦横に折れ曲がっていて、テントと壁の間だとか、壁自身が回り込んだ部分に部屋らしき空間ができる。先ほど青木さんが紹介された事例と同じように、入れ子の構成になっていることになります。テントは防水性能を負担するだけで断熱性能はありませんが、一階の扉で閉じて部屋になる部分には断熱が入っているし空調も効く。当然暑くもなり寒くもなるのですが、天井の膜を二重にしてチャンバーとして扱い、高低差とベンチレーターで空気を吸い上げてることで、環境は改善されています。しかしこういった構造が可能になったのは、暑さ寒さを許容してくれる理事長さんだったということが一番大きいですね。「子供は、暑い寒いで季節を学ぶのだから、それはそれでいいよ」と言ってもらえた。だから、こういう設計が実現できたのです。

1 2 3 4 5 6