イベントレポート詳細Details of an event

第64回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.15「新しい建築の楽しさ2015」展連動企画
「ストリート感が自走を促す」

2015年11月19日(木)
講演会/セミナー

第二部 トークセッション

 

中崎 ありがとうございました。ではこれから「ストリート感が自走を促す」というテーマでトークセッションを始めます。まず「ストリート感とは何だろう?」とみなさんに考えていただいたようですが、それは「閉じた状態ではなく、開いた状態」ではないかと思います。また「選択できる」ということでもあると思います。部屋に閉じこもるのではなく街に出て行き、街に出て行ってどうするか……。街の様子をどのように建築へ取り入れるか、ということを「ストリート感を取り入れることではないか」と思っています。現在ラーニングコモンズ研究会というものをやっております。「ラーニングコモンズ」というのは講義室ではなく、学生が自主的に学習するための空間のことを指します。アクティブ・ラーニングとも言うのですが、そういった場所というのは、人が歩いている様子が見えるとか、隣で議論している内容が聞こえるとか、閉じられた空間ではなく、開かれた空間にすることによって、自主的な積極性が出てくるのではないか、ということなんです。これは大学の図書館から始まったムーブメントで、今はキャンパスの中にラーニングコモンズ棟というのをつくるような状況が発生していて、大学以外の建築でも、閉じるのではなく、いかに開いていくか、をやろうとしている。また「自走」について、中川さんから「自発性」と訳していただきましたが、それでもいいと思います。使う人が、使いながら自分の場所にしていく、そういうことを「自発性」や「自走」と言っていいと思うのですが、そのための仕掛けや仕組みを建築へ取り入れていくことだろう、と思います。この2つがうまく連動すると魅力的な建築になるのではないか、と考えたわけです。

 

中川さんのプロジェクトはオフィスなので閉じられているのですが、一人ひとりの机があるだけではなく、自由に使える机を用意しているのは、開いていくことではないだろうか、と。細海さんの事例は、集合住宅の中に路地的な共有空間をつくって、そこに洗濯物を干してもいいではないか、と仰っていて、それはまさにストリート感ですし、そこの多様な使い方を促すような空間構成をしようとしておられる、と。また萬代さんのプロジェクトでは、漁師の人たちがそれぞれの活動をしやすいような空間をどうやって実現しようか、ということを考えておられて、もう完全に開いているのではないか、と。しかも漁師の人たちは、自分でいろいろなものを作ることができるらしいので、それを促すような梁を設置しようとしているので、まさにこのテーマにふさわしいと思います。ところで、中川さんはこの「ストリート感」に違和感を感じたというか、解りにくかったわけですよね?

 

中川 以前、中崎さんと何かの会でご一緒した時、たしかお酒のある場所だったと思うのですが「中川さんの建築にはストリート感があるよね?」と言われた記憶があって、その時は「何だ?」と引っかかりながらも、軽く流したのですけれど、今回は流せない立場に追い込まれまして、一度よく考えてみようとした次第ですね。「街のような?」という言い方はよくあるのですが、「ストリート」という言葉で建築を語ることはそんなになくて、そのちがいがどこにあるのか、ということを手掛かりに、自分なりに考えてみようと。

 

中崎 街という言い方は、少し曖昧だと思っています。というのも、建築が建つのは通りに面しており、その通りとの関係性が建築にとって重要だろう、と。例えば、銀座の中央通に面してつくる建築と、裏通りにつくる建築は必然的に違ってくる、と。この京橋でも中央通に面している建築と裏通りに面している建築は明らかに違っており、京橋の街との関係ではなく、京橋の中央通との関係が問題なのだろう、と。建築はそういう通りとの関係で考えたほうが魅力的になるだろうと私は考えています。萬代さんは、どう思われますか?

 

萬代 僕は「ストリート感」と聞いた時、最初は「ストリート系」(笑)かと思ってしまい、その印象が強く、すぐには入り込めなかった(笑)。しかも、道も何もないところでやっているプロジェクトなので、最初は「ストリート」に引っかかりがなかったのです。でも今日の話を聞いて何となく解り、それはいいかな! と思いました。

 

細海 私も最初はストリート系的な(笑)、イメージを持ってしまい、つまり何となくカジュアルというか、雑多な感じというか……。でも自分の建築は規律的で、ある種の緊張感のある空間をつくりたいと思っていて、例えば、ゴチャゴチャしていたとしても「片付けなければまずい」と自律を促すような内部空間をつくれたらいいなぁと思うところもある。今回の路地的な共用空間は、まったく外側の外部空間であるにもかかわらず、陰になる部分もあって、カジュアルに、緊張感もありながら恐る恐る洗濯物を干してみたり、今日聞いていて「ああ、これも有りなんだ!」(笑)と。それでどんどん建物の中に外側の雰囲気がつながっていき、それがストリート感なのか、カジュアルなのか、そういうイメージをしています。

 

中崎 あのー、自走というか、自発性についてはよく理解できますかね? 今は使う人の立場に立って建築をつくる方向には行っていると思うのです。既におつくりになった建築で、そのような自発性が出てきた事例はありますか?

 

中川 今の質問の答えになるかどうか、よく解らないですが、みなさんの話を聞いていて、まず「自発性」がおもしろい状態として現れるのは、人が集まって使う建築だ、と思ったのです。その時に、今日の3人の建築にが共通していると感じたのは、全体の1つをつくってから、そこにみんなが集まるというよりは、部分の集合が結果的に全体になっている、ということです。人が集まって、その集まった人たちが自主的に使い方を発見しながら使ってほしいと思う建築を考えてみると、1棟の建物として完結しているものをつくるよりは、少しオープンエンドというか、どんな絵か分からない状態に見える余白を残しながら部分と部分の関係性をつくっているのではないか、と自分で感じていて、そういうやり方が使う人も入りこみやりやすいのかなあと思いました。

 

中崎 なるほど。

 

細海 これは私が取り組んだ別の事例なのですが、新潟の地方で六次産業化に向けて今後増築していく施設です。周囲の田園風景から得られる食材を生かした地産地消のレストランを設計させていただきました。ここではプレートを設計しています。オーナーさんが「好きにやりたいので極力シンプルにして欲しい」と言われたプロジェクトでした。緊張感のある空間でしたが、営業が始まった今、やわらかく、楽しみな風景ができていて、子供たちにすごく喜ばれるような自由な空間になっています。オーナーさんがプールみたいなものをつくったり、さまざま工夫をなさっている。がらっとした大きなスペースなので、週末は音楽家を呼んでイベントを開いたり、料理教室をなさったり、と。レストランを営業しながら自主的にさまざまな使い方をなさっている(写真を使って紹介)。

 

中崎 最近、パブリックな空間の中にプライベート空間をどう作るか、使う人がそういう場所を作っていけるようにする、というのが重要だと感じているのですが、今回のプロジェクトでパブリック的なのは萬代さんの事例で、あとはどちらかというとプライベート空間と言えます。それでもプライベート空間の中にあるパブリック空間を、使う人が自分の居場所として自主的に使おうとしている構図があると思ったのです。萬代さんの、パブリックな空間の中で、個性の強い漁師の方々が、それぞれに空間をどうつくっていくかについて、果たして調整ができるかどうか、どう思われますか? どこまでのものを用意すればうまく収まるのでしょうか?

 

萬代 うーん、それはめちゃくちゃ難しいところです。使う人のポテンシャルに負うところが大きいと思いますね。中川さんの場合も、そこに依っている部分もあると思うのです。僕も、そういうことを期待しているというか、信頼している部分があります。いろいろと話していると「結局、喧嘩になるよね」という結論に至ったりもします。彼らがどのように自らの場所を専有していくかという問題があり、今後、どういうシステムにするかはまだ決まっていないのですが、1ヶ月当たりいくらかの使用料を払う仕組みで、漁協が管理することになっています。細海さんの事例では、不特定多数に向けた自主性なので、それがどう成立するのか、まったく想像がつかないし、いったいどんな人が入居するのだろうか、と結果を見てみたい気がします。

 

中崎 確かに、細海さんの賃貸住宅では、どのような入居者が来るか、分からないですよね。建築家が意図したような使い方をしてくれるかどうか、本当に不確定だと思うのですが、どうお考えですか

 

細海 使い方としては、いかように使っていただいてもいいと思っています。ただ、不特定多数で想像ができないので、もしかすると最小限の1部屋、2部屋しか借りない人もいれば、たくさんの部屋を借りる人もいるでしょうし……。だれも予測できない現象が起こりうることにこの建築の可能性を感じています。

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