イベントレポート詳細Details of an event

第64回 AGC studio デザインフォーラム
AGC studio Exhibition No.15「新しい建築の楽しさ2015」展連動企画
「ストリート感が自走を促す」

2015年11月19日(木)
講演会/セミナー

萬代 基介氏
(萬代基介建築設計事務所)

 

「鮎川浜の番屋」(宮城県石巻市 漁業の六次産業施設)

 

萬代 「鮎川浜の番屋」という石巻市で着工した物件について話します。今日のテーマに「ストリート感」とありますが、この建築は、ストリートすらなくなってしまった被災地の建築です。だから、ストリート感と軽く言える感じではないのですが、「建築が、被災地で何をできるか?」を考えたプロジェクトです。ここはもともと過疎化がかなり進んでいた町でしたが、それに加え津波によって壊滅的な被害を受けてしまったわけで、本当に厳しいところなのです。それでも、建築に何ができるかを、考えているわけです。被災地の場合、設計条件が普通とまったく違うのです。例えば、敷地(境界)もないですし、完全にまっさらになってしまったところから、ゼロから建築を考えるわけです。それは僕にとって希望があって、いろいろなしがらみなどが一度白紙になった状態から建築を考えるという、希有な経験でした。

 

場所は牡鹿半島の先端近くにあります。地図の、この突端なので、一番初めに津波が到達した場所ではないかと言われています。設計している鮎川浜は、この地図で示すここです。石巻市の市街地がここで、そこから車で1時間くらいかかります。この辺りは漁師さんたちのいる浜や漁港がたくさんあり、突端の沖には金華山という奥州三霊場の一つがありますけれど、アクセスしにくい場所です。この町はもともと太平洋に面し、昔は捕鯨ですごく栄えたところです。しかし、捕鯨産業に対する国際的な圧力と衰退があり、金華山観光も震災前から下火になってきていて、ある意味、日本の地方が抱えている問題が先鋭化していたところに津波が襲ったわけです。震災前の人口は1400人程度で、現在はかなり人口が流出し、今は震災前の半分くらいに減ったと見られております。

 

僕自身は、大学のつながりでまちづくりに関わっていました。それがきっかけで設計をすることになったのです。ここに「漁師立ち上がる」と書いてありますが、これも自発性の一つと思います。地元の漁師さんたちは船が流されてしまい、しばらく仕事をできなかったので、奥さんたちが集まって、お弁当屋さんを開いていた。漁師さんたちは、基本的に家族単位で漁と経済活動をしているので(仲間意識はあっても独立独歩で群れない傾向がある)、手をつなぎ合って一緒にお弁当屋さんをするというのは、震災前にはまったく考えられないことだったようです。それが、震災をきっかけに協働するようになったのです。それが今回のプロジェクトのきっかけにもなったわけです。最近は少しずつ漁を再開できるようになってきたので、このお弁当屋さんをもう閉じようか、という話になってきており、折角生まれた協働のかたちが失われてしまいもったいないわけです。そこで、このお弁当屋さんに代わる漁業関係者の施設を今設計している、という状況です。

 

 そこで、具体的なプログラムを、どういう建物でどうしていこうか、という話をしていくわけですが、例えばこの写真の人はワカメ漁をやっていて、この人はタコ漁、この人は潜水漁でアワビやウニなどを捕っているなど、それぞれ違う漁をしているのですけれど、僕も含めてお互いに話し合いながら、ゼロから議論する必要があります。その中で、この写真の女性が「ネットに強い」ということが分かってきて、けっこう商品を売る能力があるのです。例えば、この人が捕ってきたタコを、この人が茹でて、この人が売ってくれる、みたいなことを想定できるわけです。もともとは一次産業として漁業だけをしていた人たちなのですが、タコを茹でた瞬間に二次産業になりますし、それを製品にして売れば、三次産業になっていくのです。最近の農業では六次産業化が盛んに言われていますけれど、ここの小さい漁師町の中でも六次産業化をできるのではないか、と。弁当屋さんも、地元で捕れた魚を加工して販売していたので六次産業と言えなくもないのですが、もう少し施設としてきちんとつくり、せっかく生まれた協働を継続して六次産業化をし、それを定着させる、そのための建築が大事だと分かってきました。

 

加えて、「漁業とは何だ?」をリサーチしていると、都会の人間の目には、ちょっとした小さなことや活動が面白く感じられるのです。そういう漁師さんたちの日々の生業が、風景として定着していくことが大事だと思いました。この町には元来、漁業と観光という2つの軸があったのですけれど、従来はその2つが交わることはなかったのです。しかし、被災して、これからどうすべきかと考えた際、漁業と観光をつなげる必要がある、と思われるようになった。ブルーツーリズムと言うらしいのですが、例えば漁業体験をしたり、捕れた魚をその場で食べてみるような観光にシフトしていかないとダメではないか、と街の人達と話し合っており、その中では、観光で来た人が、ただ美味しいものを食べるだけではなく、こういう本物の漁業の風景に触れられることが大事だと思い、そういう建物になればいいと考えました。そうなると、この建物の軸は「漁師さんたちの協働を持続可能とする建築」ということに加え「漁業の風景が建築に取り込まれた場所」になります。そういうことを考えて設計に取り組みました。

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