イベントレポート詳細Details of an event

第41回 AGC studioデザインフォーラム
陸前高田発 震災から3年、いま覚悟をもって明日へ

2014年3月20日(木)
講演会/セミナー

●第二部 ディスカッション

 

城本 それでは、4名の方の発表を元に「いま覚悟をもって明日へ」とタイトルにありますから、どのように地域コミュニティを再興し、子どもたちに引き継ぐか、その覚悟はどうか? という話になると思いますので、私からみなさんに質問をさせていただき話を進めたいと思います。
まず、武蔵富士夫さんが話されたお祭りについて、「被災して町内会自体がなくなってしまい、みなさんがあちこちへ分散し、バラバラになった」ということでしたが、やはりお祭りを表に出すと、戻ってきやすく、集まりやすいのでしょうか?

 

武蔵(富) そうですね、震災直後の年と翌年は、町内会の運営がたいへんだったので、実行委員会を結成しました。実際に山車の制作等を担当していた若い人が中心になり、開催にこぎ着けました。それまで主体になっていた人たちの助力を得て、またボランティアに来ていただいて、制作や資金面、資材等で協力をしていただきました。
開催当日は平日だったのですが、わざわざ帰省して参加いただいたりもしました。祭りによって久々に再会できた人たちもおられます。

 

城本 コミュニティやつながりをどうつくるかは、やはりお祭りが1つのきっかけになるということですね。
阿部さんは放送を通じて情報を発信していらっしゃいますが、そういうものがあるとつながりができやすくなる、という実感がありますか。

 

阿部 はい、先ほどもお話ししましたが、震災から3年経ちましたけれど、未だに再会できていない人たちがいるのです。それはやはり53カ所の仮設住宅にバラバラに入ってしまったこと、またいろいろな事情があって陸前高田を離れてしまった、とか。
そういう状況の中で、携帯電話やインターネットを日常的に利用する私たちの世代でも、未だに連絡が付かないという人がいますし、最近になって初めて近所の方が亡くなっていた事実を知るということもあります。

 

お祭りもそうですが、何かのイベントの時にばったり再会するケースがあります。そういう状況だからこそ、ラジオから流れてくる声でお互いの無事を知ったりできることが、今の陸前高田の災害FMの役割だと思います。
私たちはまだ災害中だと思っており、仮設住宅がなくなるまでその状態が続いていると考えますので、放送免許があるうちは、そういう人たちがつながる役に立ちたいと思っています。

 

城本 まずは、人と人のつながりやコミュニケーションが大事だということは分かるのですが、もう1つ言うと、今はまだ非常時であり、お祭りで集まっている、ラジオを通してつながったりしている。今日のテーマである「日常」に近い状態へどう戻していくかという時に、まずは住宅を確保しますよね。仕事をつくって、しかし、子どもを育てる上では、伊藤さんが言われたように、お母さんたちのへサポートが必要ですよね。
しかし、先ほどの話では、子育て支援について、まだ先がまったく見えない印象です。これからどうやって続けていこうと思われているのか、あるいは、何が問題なのでしょうか?

 

伊藤 外に出るとまだ非日常なところがたくさんある状況で子育てをしていかなければならない環境なので、私たちができるのは、まず楽しいことを体験させてあげる。お母さんを笑顔にさせてあげる。地域のみなさんと若い世代をつなげるためにイベントも開催しています。
課題としては、子育て支援という事業には収入が少ないです。私たちは市の補助金を受けて活動していますが、臨時スタッフ2人分のお給料を7人でシェアしています。どうしても人件費が足りません。「どんな支援が必要ですか?」とよく質問されるのですが、最初の頃は物資が必要でした。次は人的支援が必要でした。
今は、やはりお金と専門知識が必要です。まだまだこれから時間がかかりそうなので、「これが得意です」ということだけでも支援をいただきたい。

 

城本 たくさんのことが必要になるわけですね。
もう1人の武蔵さんにも聞きたいのですが、武蔵さんは以前まで地域の協議会の活動などをしてこられて、今度は自分で会社を立ち上げるということですが、地域の中で仕事を創っていくということについて、何が必要で、あるいは自分の中で何が宿題になっているのでしょうか?

 

武蔵(和) 発災からみんなでまとまって何かをやろうと考えた際、私は地域で、本当はまちおこしをやりたかったのです。しかし、みんなが被災していて自宅がないという状況で、まちづくりなどと言っても、やはり自分の住宅再建が頭の中の98%くらいを占めていて、でも我々の集落はすごく小さな集落なので、防災集団移転事業の土地整備もおかげさまで終わりまして、住宅の再建が見えてきました。

 

そんな中、ふと気付くと「この地域にこんな高い、12.5mの防潮堤が本当に必要なのか?」とか、ようやく市の計画が見えてきた状況なんです。その防潮堤のお金というのは、今のところこの大都市圏からいただいている大きな税金で賄われております。住民側は今、その現実を受け入れようとしている。
しかし、どうしたらこのまちづくりを、10年後、20年後、先ほど出たように、どうしたら子どもたちに引き渡せるまちづくりが可能なのか、を模索しております。

 

私としては、やはり、過大な公共事業というのは真綿で首を絞めるように必ず住民側に跳ね返ってくるものだと思います。この防潮堤や道路整備事業なども必ず最後は自分たちの負担になる。
今は国がお金を出していますけれど、未来永劫を考えると維持管理の莫大な費用として、県や市の税金が費やされる。そういう時間の流れの中で、地域の人がどんどん少なくなるだろうし、そういう過大な負担をどんどん子どもたちに残す、というまちづくりでいいのか、と思うのです。
私の立場としては、やはり税金でそれを賄えるシステムづくりをやらなければならないな、と考えています。いつも訴えることが大事であって、それに共感してくれるいろんな方々が大事になってくると思います。

 

 

城本 武蔵富士夫さんはどのように思われますか?
これからのまちづくりについて。お祭りから始まって、今後、いろいろなまちづくりに発展させなければならない。まちづくりのあり方は、どうあるべきと思われますか?

 

武蔵(富) 震災でまちが壊滅状態になってコミュニティもほとんど機能していない状況ですね。先ほど話した七夕祭りも、山車が核になって人々の気持ちをつないでいると考えています。
ただ、防災集団移転とか、新たなまちづくりに際して再編というのも視野に入ってくるだろうと思っています。例えば、隣町に住んでいるのだけれども七夕祭りは自分がかつて所属していたコミュニティに戻って参加するとか。
新たなコミュニティに育つ子どもたちは、親の世代の祭り組に参加するのか、あるいは新たにできたコミュニティに参加すべきなのか、という問題があり、これからも七夕祭りは存続するのですが、より良い方向で、新しいコミュニティづくりを考えなければならないと思っています。

 

城本 阿部さんはどうお考えですか?

 

阿部 まずは安心・安全に暮らせるまちをつくるのがいちばんだと思います。そして、箱だけがどんなに立派でも、視覚的に映る復興したようなまちができても、人の心が復興していなければ、そのまちは寂しいまちになると思うのです。
すごく大きな悲しみを持った人たちが懸命に生きている状況の中で、箱だけができ上がっても蘇ったまちにはならないと思いますし、働く場がなければ若い世代はどんどん出て行ってしまいます
まずは、安心して暮らせる仕事がある、子どもも育てやすい環境にある、お年寄りも安心して暮らせる、みんなが暮らしやすいまちをつくっていかなければならないと思っています。

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