イベントレポート詳細Details of an event

第42回 AGC studioデザインフォーラム
U-30 Young Architect Japan. 開催記念対談イベント

2014年3月7日(金)
講演会/セミナー

倉方 長い前置きになりましたが、ここからトークセッションを始めます。

 

まずは、岩瀬さん、いかがでしょうか? 例えば、「好きなガラス建築」などはありますか?

 

岩瀬 私は、もともとガラス建築というものが自分の範疇の外にあると思っていまして、大学で建築を学ぶ前に「ガラスだったら格好いい」というイージーな捉え方もありましたし、美しい素材だからこそ、使い方が難しいというところがあり、これまではどちらかというと、ガラスに比べて重い素材を好んできたところがあります。やはり、得意な素材ではありませんでした。

 

小松 岩瀬さんも言われたように、ガラスは、それを使うだけで格好良くなるというイメージがあり、僕もあまり積極的には使いたくない、という印象がありました。
またガラスには手触りとか、実際の硬度など、固いイメージがありますよね。それよりも柔らかい素材に対して魅力を感じていまして、その一方で今回使わせていただいた化学強化ガラスには弱さや柔らかさといった性質がありますので、ガラスの新しい魅力を感じています

 

杉山 先ほど倉方さんから、北欧で見た建築には現代と古典が接続している部分があるというような話がありましたが、それに関連して少し話したいと思います。
僕の好きなガラス建築の1つに、スイスの製薬大手ノバルティスのキャンパスプロジェクトの中で、ディーナー&ディーナーが設計したオフィスがあります。言葉だけで説明するのは難しいのですが、オフィスの前の広場から、建築内部がガラスを透かして、全部見えてしまうのではないかと思えるガラスファサードの建築です。しかし実際には、カラフルなガラスパネルが重なるようにしてできていて、透かした感じがしない。それを実際体験した時に、ガラスのファサードでも公共の広場がつくられる、ということにすごく感動したのです。

 

今までのガラス建築のイメージだとガラスは透明だから、例えば大きなガラス建築の前に広場があっても、「その建築の中を見ていいのか?」と中途半端に感じていたのです。
かといって室内側からすると、外の風景や広場を見たいからガラスにしたい、という判断があると思っていて、そこでカラフルなガラスモザイクのようになっていると思うのです。そうすることで広場側からしてもガラスが物体として見えてくるし、内観から撮った写真を見ると、きちんと広場が見えている。
そういうガラスの使い方が面白いと思ったと同時に、それはモダニズムのガラスの使い方というよりは、古典建築のファサードが集まることで広場をつくって、その広場にいる人に対してファサードが内装壁みたい見えるというネガポジみたいな関係が、ガラスファサードによってできていて、すごく感動しました。

 

 

倉方 今の杉山さんの話は面白いと思います。
実は、僕の話も杉山さんの話も、ガラス自体うんぬんの話ではない。ガラスが面白いのは、ガラスはアクティビティと切っても切れないところにあると思うのです。つまり、先ほどお見せしたストックホルムの高層ビルが何で美しいのかと言えば、照明の色が全部統一されていて、カーテンなどを使わないでいるからであり、ガラスが本当にガラス面としてあって、透過している。
メンテナンスの際に、入居者たちが勝手に照明を換えてしまったら、ああいうあたたかい景色にはならないし、一部をブラインドなどで覆っていれば、ああいうようにはならない。だから、ガラスの処理のありようというものと、そこでの人間の使い方や楽しみ方と、ガラスは切り離すことができないのです。

 

北欧ではそのように人がガラスの透明性を上手に生かしている。北欧に限らずヨーロッパ全体で感じるのは、その使い方に公共的な意思があった時には公共性を持って見える。だから、ガラス単独で見た時にはいい建築、悪い建築というのはなかなか言えない。
ガラスの建築というのは、どこまでがガラスのおかげで、どこまでがソフトの部分であるかの区別がつきにくい。ただし、格好いいガラス建築だな、と思う時には、そのアクティビティがいい時なんですよ。ガラス建築の平面図だけを見て古いとか新しいとか、いいとか悪いというのは言えないのです。
じゃあ、その建築の評価は何ですか? と聞かれると、ガラスは難しい問題を突きつけるのです。

 

岩瀬 1階のギャラリースペースで展示作品をつくっていた時に感じたのは、写真の撮り方が難しいということです。
実は、昼間の光で見たのは今日が初めてなのですが、ガラスがすごく透明に思えて、一方、夜だと「東京メトロ」の看板の灯りや外部の光が映り込んで、ガラス面が湾曲しているから、それが何層にも広がって訳が分からない状態になりました。
自分でも考えていなかった発見があったり、もちろんそういう予想外のことも想定していたので、例えば、ミラーガラスみたいな反射の強いシートを貼ってみようかと思ってもいたのです。
模型で見ていたのと、実際の環境の中に置いたのはかなり違っており、あそこに置いた時に初めて自分の作品を理解したという気がしました。

 

杉山 岩瀬さんの実物展示を見て、今日の(プレゼン時の)動画とか写真を見てもよく分からなかった部分が体験できました。だから、置かれる環境の問題はとても重要ですね。
例えば、ガラス建築の外観を遠目から写真に撮ると、カチッとした鉱物的なものとして映りますよね。しっかりした形が見える。
でも今回の展示は姿がよく見えなくて、これは面白いな、と感じました。

 

倉方 ガラスの見えなさというか、捉えられなさ、というのについては、いわゆる建築写真的に撮る際は、そう見えるように撮る手法みたいなものがあって、ただ、それは特にモダニズム的なものであれば、あたかも実体のように撮る手法はあるし、建築と関わっていると、そういう目で何となくガラス建築を見てしまう。
でも実際にはそれほど捉えどころがあるものでもない。やはり、まわりの環境やアクティビティに左右される。岩瀬さんの展示作品は、そういうとらえどころのなさや、ガラスに内在された性質を解き放っていたように感じますね。

 

 

岩瀬 コンペで最初に構想を練った時、風をやろうと思って、風を表現するには光が風にならないといけないとか、いろいろ考えて、たくさんガラスを並べることから始めたのですが、あの形になっていった時に、自分でも何がなんだか分からなくなっていったのです。
それが面白くて、意外と本質を突いているのではないかと思い、そのまま突き進めたという面はあります。

 

倉方 小松さんの案だと、あそこに人が乗るとガラスの空間も変わるけれど、映り込みもいろいろあって、何を信じていいのか分からないような状態になると思うのです。あの案を考えた時の、意図の根源はどういうものだったのですか?

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