イベントレポート詳細Details of an event

第92回 AGC Studio Design Forum
新しい建築の楽しさ2017展 プレゼン&トークセッション④
 「ストックのリ・デザイン」

2017年12月5日(火)
講演会/セミナー

トークセッション

 

中崎 ありがとうございました。これから、「ストックのリ・デザイン」というテーマで、トークセッションを行いたいと思います。
 まず、「ストック」とは何か。西澤さんのお話では、地域には様々な物事のストックがあり、それを整理して再編集し、デザインしていく可能性を八戸市の事例でご紹介いただきました。東京国立近代美術館の話では、備品のストックをリ・デザインするという事例もありました。
 空き家なども「ストック」と呼ばれていますが、使われていなくてメンテナンスされていないものは、ストックではないのではないか、と思ったのです。「ストック」をどう解釈なさっていますか?

 

西澤 その状態がどうなっているかについては、僕はあまり重要ではない、と思っています。単純に言うと、マテリアルとして使えるか、使えないか、ということです。
 それくらいのフラットな視点で見たほうが、空間の場合もあるし、風俗や民族の場合もあるし、什器の場合もあるので、それに対するアプローチをどうしようか、というところに設計の対象物が生まれてくるのだと思います。
 これまでは、「リビングや和室がほしい」というような要望を、図面に描きましょう、壁を建てましょう、というのが設計だったわけです。現在は、すでにあるものでどんなモノやコトを組み合わせればいいか、どう使えばいいかを考慮し、そのために必要な物理的な設えを考えることも“設計”だと思います。
 その意味では、設計という行為が及ぶ領域は拡大しているのかな、と感じます。

 

中崎 西澤さんに取材したときの話で面白いな、と思ったのは、「建築家は平面図や立面図の図面を描くが、空間は描けない」とおっしゃっていたことです。図面の中に何を入れるか、そこでどうリ・デザインしていくかが重要で、空間自体はそこから構成されたものとしてでてきて、それを利用する人たちが今までとは違う使い方や価値を見いだす、ということだと思います。
 図面に描きこむとき、既存のものの良さを生かしながら何を加えていくかがポイントとなり、それはたぶん既存のものの違いによって、加えるものが変わる、ということですよね。

 

西澤 そうですね。

 

中崎 元木さんは、「ストック」をどう捉えたのでしょうか?

 

元木 西澤さんの考えと同じ感じで、基本的には、設計の対象として捉えられる、あらゆるものがストックだと思っています。使われていないからストック、ということではなくて、良いものも悪いものも含めて、そこにあるものをフラットに“素材”として捉えています。
 少し前までは、壊して新しくつくればいいとか、白く塗りつぶせばいいや、というのが多かったと思いますが、それはそれで楽しみつつ、そうじゃない楽しみ方もあるな、と。例えば、メガネは、かけ方によって意味合いが変わります。メガネ自体のデザインは変わっていないけれども、鼻先にかけたり、斜めにかけたりすることで、その人の印象自体は変わってくる。そんなふうに、ストック自体をあまり変えずに、意味をずらすことは幾らでもできるのかな、と思います。

 

中崎 西澤さんの事例にあった八戸市に行ったことはないのですが、八戸市は中心市街地の空洞化は起こっているのでしょうか? そういうことはなくて、お話いただいたような活動が行われているのですか?

 

西澤 細かい歴史まではわからないのですが、一度は落ち込んだことがあったようです。しかし、基本的に工業と漁業の伝統があり、昔から産業が盛んな土地柄なので、ガクッとすたれていくことはない街だと思います。人口は23万人くらいで、さほど大きくはないですが、活気がある。青森県だけれども、太平洋側なので雪は積もらないです。
 先程おっしゃった郊外型の使われていない住宅は八戸市にもありますし、全国にもあるのが現状です。僕たちが行っているのは、そういうものを「再生」しましょう、ということではなくて、壊したほうがよければ、壊せばいい、というだけの話なんですよね。マテリアルとして不適格だと思ったら、そこを広場にしてベンチでも置くといいんじゃないか、ということも選択肢に入ると思います。
「リ・デザイン」や「リノベーション」という言葉から、京都の建物がそういうニュアンスに見えがちだと思うのですが、古い建物は何がなんでも残さなければいけないとか、文化を継承することは正しい、というような強迫観念はあまりありません。継承したほうがいいと思えば、すればいいし、不要だと思えば、しなければいい、ということをフラットにジャッジすればいいと思います。

 

中崎 なるほど。次は、「リ・デザイン」という言葉について議論したいと思います。西澤さんが京都市美術館で行われた「可逆性のある保存・改修」は、まさしく「リ・デザイン」だと感じます。元木さんの西麻布のプロジェクトは、“楽しみ直そう”ということが「リ・デザイン」になっているのかな、と思いました。
 京都市美術館は帝冠様式の建築で、西麻布の建物はバブル建築。バブル建築はポストモダンの時代に建てられたものが多く、無意味に歴史的様式を取り入れているという特徴があります。今回の元フランス料理店の空間にも、少しそういうのがあるのでしょうね。
 それを全否定するのではなくて、面白がろうということを、取材時に伺って、面白いな、と思ったのですね。実際やってみて、面白かったですか?

 

元木 はい(笑)。面白かったですよ。

 

中崎 どう面白かったですか? バブル建築以外の建物をリノベーションやコンバージョンすることとの違い、バブル建築だからこその面白さはありましたか?

 

元木 けっこう悩ましいところではあるのですが、西麻布という場所柄もあり、最近の建築的な言葉ではないと思うのですが、「高級感やラグジュアリーさ」のようなものを、ナチュラルに求められた、というところがありました。
 だけど、僕らの感覚としては、贅沢なものを贅沢に使うということが、そのままラグジュアリーにつながるかというと、そうでもないと思います。例えば、ルイ・ヴィトンのようなメゾンがストリートブランドとコラボレーションしたり、バレンシアガがルンペンバッグをレザー製でつくったりというような、ラグジュアリー感の楽しみ方もあります。コンテクストをずらす知的ゲームのような楽しみ方もありますし、モノからコトへというようにラグジュアリーの考え方も多様化している。
 そういう意味では、西麻布の事例は、高級な素材をたくさん使うわけではない“高級感の楽しみ方”のようなところに着地できたかな、と感じるところです。バブル建築との距離のとり方を楽しめたと思います。

    
     
中崎 現在の日本の都市にはさまざまなものがあります。それをどうリ・デザインしていくか。依頼されてはいないけれども、リ・デザインしてみたいものはありますか?

 

西澤 ないですね(笑)。その点について、自分から考えることは、基本的にはないですね。チャンスがきてから、それをどういうふうにすると面白いかを考えます。ただ、この十数年の間にリノベーションが一般化してきているという現状があり、木造住宅やマンションを改修する際のやり方は、だいたい出尽くした観があります。そのため、リ・デザインがどのように価値があって、面白いかというよりも、今は、出尽くしたものがスタイルになりかけている危険性があると感じます。   
 例えば、木造住宅では、梁と柱を露出して白い壁と合わせる、というリノベがよく行われています。これが、誰でも真似できる“スタイル化”していく危険がある現状が、今の問題だと思います。そこからどう逃れて、フラットに目の前にあるオブジェクトに対処できるか。それが、リ・デザインをする際に大事だと思うことです。

 

中崎 元木さんはいかがでしょうか?

 

元木 僕達はクライアントワークとは別にセルフプロジェクト的に、思いついたもの・気づいたもののプロトタイプを作っているのですが、特殊解というかニッチな条件で物をデザインすることが多いので、それとは間逆なマスプロダクトやインフラのような最大公約数的なデザインをやってみたいなとは思っています。コンビニや携帯電話、今だったらオフグリッドなインフラなどでしょうか。例えばユニクロやコンビニのように商業だとしても社会のインフラになり得るようなプロジェクトはやってみたいと思います。

 

中崎 なるほど。今日は、どうもありがとうございました。

 

*会場からの質問を受けて応答し、終了。

 

 

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