イベントレポート詳細Details of an event

第27回 AGC studioデザインフォーラム
陸前高田発 ”地域の力” 明日へ ~暮らしの再建・地域の再生~

2013年2月23日(土)
講演会/セミナー

武蔵 私も一時避難所生活をしました。81人が公民館で暮らしました。みんな同じ被災者なのですが、何日かすると津波で家が流された人と、家が残った人の間であつれきが出てきたんです。
ただ、家が残った人であっても、妬みを避けるために公民館を出て被災した家へ戻っても、そこには電気や水道、食料、灯油やガソリンなど、何もないんですよ。
私もどうしたらいいかと考え、無理を承知で「要谷浜っこまつり」という子どものための祭りを開催しました。そこで面と向かってみんな話すうちにあつれきが減り、気持ちがほぐれていったのです。やはり、みんな同じ気持ちなんですよ。
しかし、コミュニケーションが途絶えるとあつれきや気持ちのズレがあるように感じてしまう。やはり、無理してでもイベントや祭りなど、顔を合わせる機会をつくるべきです。それはとても大事ですね。次に向けた発想をできるようになる。

 

城本 高橋さんはかつて陸前高田を出て、また改めて戻って来られたわけですけれど、そのあたり、何か感じましたか。

 

高橋 全部言っていいのかどうか(笑)、例えば保育所で外から来たのはうちの子だけですよね。そうすると、子どもの世界なので、当然、いじめみたいなのはあります。ほんのちょっとした違いがあると、そういう原因になる。
もともとうちは変わった家族ですし、陸前高田でなくても少数派なんで(笑)。でも、とくに上の子はケンカをしていくうちにとけ込むようになりましたね。親同士も「ごめんなさいね」と言って関係が結べる。
だから、お祭りやイベントなんかをするのはとてもいいと思います。元来この土地は、悪気はないんですよ。悪気はないのだけれど、例えば大人の世界でも昔から内陸からの転勤族は仲間はずれみたいになることもあったんで。

 

城本 武蔵さんから紹介があったように、昔から「結(ゆい)」などの相互扶助やコミュニティの強いところだから、日常的な状態に戻れば乗り越えられるのですかね。

 

武蔵 「仮設」から「住まい」へ戻れば「コミュニティ」も戻ると思います。とにかく今は住宅再建のことで頭の中がいっぱいになっており、コミュニティやまちづくりまで気が回らないのです。
でも住まいづくりの最終目的は、住宅の完成ではなく「豊かな暮らしのコミュニティ」の復活なので、住宅再建事業が軌道に乗れば、そこへ持って行けると思います。

 

 

城本 同じく地元の伊藤さんはどう見ますか?

 

伊藤 何か統一の目標があるとすさまじい力を発揮する人たちなんですよ。そういうものがないとバラバラになってしまいかねない。
この地域に今後必要なこと、僕らに求められていることを考えてみると、外の人をどのように受け入れるのか、ということです。それこそ高橋さんのような方に、新しく転入して来てほしいと考える地元人、そうした高い意識のある人間は何人かいます。
子ども支援のボランティアでやったのと同じように、そういう僕らのような人間が外から来る人と地元の人の間を取り持ってコーディネートする必要があると感じています。これからは外の人との協働が必要でしょう。

 

高橋 沖縄へ、おっかちゃんたちを連れて行った時、沖縄の地元の人たちから「うちらも家を建てる時に地面を少し掘ると、どこからでも人骨が出てくる」と言われたんです。要するに、日本中、世界中の誰にでもきついことはあるんですよ。
震災や戦争もそうだし、交通事故や病気などもある。だから「陸前高田は不幸だ、三陸は不幸だ」なんて思っていると、どんどん不幸になっていく。
ところが、何か新しいことを始めると、みんな変わってきて明るくなる。そんなリーダーになる人、夢を見せてあげるモデルが必要だと思います。

 

意外とね、みなさん笑おうとか、笑わしてやろうという気持ちもあるんですよ。先日も新しいパスタを保健所の検査に出したら、「星影のワルツ、大丈夫でした」と返ってきたのです。「パスタ」を「ワルツ」とわざと間違えている。その保健所の人は「お前のように三陸へ戻って来てくれた奴に、普通の書類を出したんでは申し訳ねえ」と言うんです。私は「保健所もやるじゃん!」と思いましたね。(笑)
そういった楽しくしようとする気持ちが大切です。

 

城本 やはりお祭りだったり、イベントだったり、それからみなさんのようなタレント性も必要ですね。
さっき伊藤さんが報告されたように行政が動けないのだったら、自分たちが先に動いて、巻き込んでしまうというやり方もあるのでしょう。
武蔵さんも、そういった印象を持っているのではないですか?

 

武蔵 私も最初は行政に全てお願いしたいと思った時期もあります。
でも、なかなかそれどころではない状況…、待つだけでは時間がかかり過ぎると感じたので、「できるところまで自分でやろう!」と思い、住まいを再建する会を立ち上げたわけです。自分たちでやろうと始めてみると、伊藤さんや高橋さんのようなとても有能な人が陸前高田にいることにも気付きました。
ただ、そういう方々もみんな点で活動しているので、それを線にして、面にまでしていければ、まだ三陸は素晴らしいことができる。その線と面は陸前高田に限る必要はなく、三陸海岸全体につなげ、全国にアピールすることができると思います。

 

城本 聞いていて思うのですが、みなさんには夢のある復興のトップランナーになっていただきたい。
今日は東日本大震災のフォーラムですけれど、実は、よく言われるように、東北の復興の成否は日本の未来の姿でもある。
日本中が少子高齢化し、人口が減り、過疎も進んで地域経済も文化の継承も日本中で厳しくなってきている。だから、東北は日本の縮図であり未来であり、この三陸を復興させられないと、日本の未来を阻む問題も解決できないと思うのです。陸前高田が見事によみがえれば日本の道標にもなります。

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