イベントレポート詳細Details of an event

第27回 AGC studioデザインフォーラム
陸前高田発 ”地域の力” 明日へ ~暮らしの再建・地域の再生~

2013年2月23日(土)
講演会/セミナー

第一部 現況報告

 



城本 NHKで解説委員を務めております城本です。
ここAGC studioさんでの東日本大震災に関わるフォーラムは昨年のこの時期にも開催され、ちょうどこのとき、私も聴衆として参加しておりました。その時からの縁で、現在、陸前高田市の方々とお付き合いさせていただいております。

 

今日は、陸前高田から、地域再生に取り組んでいるお三方に来ていただいております。
いま陸前高田にはどのような課題があるのか、そして、これからどのように地域を再生しようとしているのか、現場の生の話をうかがい、そこから見えてくる課題について意見交換を行いたいと思います。
では最初に、要谷地区のコミュニティで住まいの再建、高台への集団移転に取り組んでおられる武蔵さんからお願いします。




武蔵 こんにちは。武蔵でございます。
お手元の冊子に自己紹介を記してあります。建設会社勤務のかたわら、他に、○○事務局長とか△△理事とか、□□会長とかいろいろな肩書きがありますけれど、それらは全てお金をいただくような役職ではありません。
地域の力になるため、そして真の財産になる「つながり」を大事にして活動しております。

 

昨年、開催されたこのフォーラムで北総研(北海道立総合研究機構 北方建築総合研究所)の鈴木大隆さんとお会いしまして、その鈴木さんに「俺たちは本当に新しい住まいを再現できるのだろうか?」と相談しましたところ、「建てられますよ。一緒に考えていきましょう」と言っていただいたのが縁で、現在、いろいろ知恵を借りながら取り組んでいるところです。
私たちは「要谷・福伏地区の住まいの再建を考える会」を立ち上げ、活動しています。本題に入る前に、陸前高田の暮らしについて少し触れさせていただきます。
(詳細は昨年の第14回フォーラムで紹介しているので省略。特徴として震災前までの陸前高田市は「大きな基幹産業がない」「人口流出、少子高齢化が進んだ過疎地」「年間平均所得が日本最低レベルの地域」でありながら、「お金に換えることができない自然からの恵みに富んだ豊かな地域」「コミュニティの絆と共助精神が強い地域」「先祖や自然への敬いと信仰心が厚い地域」「住民が我慢強い地域」「中心市街地への一極集中、ストロー現象が起きていない日本でもまれな地域」である)

 

人的被害については、1,556人が死亡、未だに行方不明な方が218人おられます。また震災前の人口24,246人に対し本年1月末時点での書類上の人口が20,710人(市発表)。
しかし、実態は2万人を切っているはずです。というのも住所はそのままで近隣や内陸の都市部、あるいは遠方の地域に暮らしている人もいると思われるからです。
このように統計だけで見ても、15%の人口が喪失しているわけで、つまり、たった1日の出来事で、今後40年分の人口減少を先取りしてしまったことになります。

 

被災戸数については全壊が3,159戸、大規模半壊が95戸、半壊85戸、一部損壊が27戸となっています。あくまで建物の数ですので、そのまま世帯数に置き換えることはできませんが、被災前の約8,000世帯から勘案すると、約4,000世帯、つまり半数の世帯が消えてしまったことになります。

 

私たちの要谷地区は、宮城県との県境で気仙町の隣に位置し、現在、三陸縦貫道路の計画が急ピッチで進んでおります。
そして「防災集団移転促進事業」という国の制度を使って7世帯が移転しようとしています。実際には25世帯が全半壊したのですけれど、うち7世帯が高台移転に加わる意向で、残りの、うち3軒がリフォームでの再建、それ以外は防災集団移転事業を利用せずに自力で再建するという道を選んでいます。高台移転は国道45号線の西側丘陵地を拓き、4人の地主さんたちから土地を譲ってもらい住宅を建設する予定です。
昨年の7月30日に国交大臣から認可されまして、法に基づき計画を進められるはずなのですが、ようやく3年目に入ったこの4月にようやく工事契約の予定、ようやくスタートラインについたという状況です。そして私たち住民は、自分の住まいが建つまで資金や二重ローンの問題を抱え、不安で仕方ないのです。
もちろん私たちには、もう一つの選択肢もありました。それは鉄筋コンクリートでつくられる5階~7階建ての災害公営住宅への入居です。その場合は今お話しした土地の購入や借り上げをせずに、マンション形式の建物に入居するということになります。
しかし、もともと一軒家で暮らしていた住民、とくに高齢者たちにとってマンションを終の住処(ついのすみか)とするには抵抗感があります。子どもたちや孫たちといった次の世代にその災害公営住宅を引き継げるのか? という問題があります。
高齢者たちを慣れない5階や6階に住まわせて、阪神淡路大震災からの復興でも起きた孤立や孤独死問題が繰り返されないのか? という不安もあります

 

さて、この画像は初めて公開する写真(画像中の右)です。
震災後5日目に撮った私の自宅です。全部水没しましたが、3年前に建てたばかりだったためか、周囲の古いお宅は全部津波で流されたのに、私のところだけは形が残りました。

 

その後、取り壊すかどうか迫られたときに、やはりこの高さまで水に浸かった土地なので、「もう住まない」と決心しました。そして私たちの世代だけでなく、これまで地域でお世話になった方々を一緒に支えないとダメだと思いました。
もし、災害公営住宅で暮らし始めたら、将来、娘たちがそこへ戻って来てくれるのかどうか、それが終生の居住地になり得るのか? ということを家族や仲間たちと話し合い、「それはない!」という結論になったのです。それで「住まいの再建を考える会」を立ち上げることにしました。
近隣の方々をともに支え、子どもたちもその姿を見て育つので、次に私たちが高齢者となった時にも、下の世代が同じように支えてくれる、子どもたちが同じサイクルを担う、そういうコミュニティの再生を目指す。最終的には「(金銭勘定ではない)豊かな暮らしと町づくり、コミュニティ再生」が目標です。気仙広域環境未来都市構想で取り組んできていた「気仙木造復興住宅」コンセプトを鈴木さんたちから見せられたとき、それを自分たちの住まいの再建のコンセプトにしようと決意しました。そのコンセプトは次のようになります。

 

①時とともに成熟・成長するすまい
②コミュニティを結ぶ住まい
③安心で安全な住まい
④最新の技術を賢く使いローコストで暮らせる住まい
⑤気仙の力を生かしたローコストな住まい
⑥気仙の森と暮らしを育てる住まい

 

住宅の再建は与えられるものではなく、住民の手で、地域コミュニティの力でやると地域の絆がより深まりますし、仮に、団地化された住まいへ行くことになった場合も、その絆は大切になりますので、「住まいの再建を考える会」では、これまで何度も会合を開催しております。
そして、昨年末の会合に参加した14世帯からアンケートをとりました。
問い1は「現在の住まいについて」です。「要谷」(残っている空家等に入っている”みなし仮設”の人)が5名(世帯)、「要谷仮設住宅」が5名、「長部小学校校庭の仮設住宅」が2名で、「不明」が1名、不明というのは私のことなんですが、今は矢作町というところにいます。
問い2「復興住宅への興味はありますか?」と聞いたところ、12名が「ある」と答えています。
問い3「再建を考える会への参加について」と聞いたところ「参加したい」が9人、「参加しないが情報だけは欲しい」が4人、「参加したくない」が0人、「まだわからない」が1名でした。「情報が欲しい」と「わからない」について補足しますと、実のところ陸前高田市は、いろいろな制度が用意されているにも関わらず、それを地域住民にきちんと説明していないのです(たぶん他の被災地も似た状況と想像される)。
もちろん、市から、住まいの再建に関して、いろいろな「広報」が配布されます。だけど、直接話を聞ける機会はそう多くありません。そこへ、鈴木さんのような専門家の方々に来ていただいて、理解できるよう説明を受けたり、知恵を授かったりしている状況、やはり生の声でそれを聞くことが大切で、今は決心できない方々も、他の地区の方々も非常に関心が高く、最近は私たちの会合に計画に参加したいという話も来ています。
次に、問い4「震災前と同じ地区に住み続けたいか?」に対しては12名が「はい」と答えております。「必ずしもそうではない」と答えた方も2名いらっしゃいます。
問い5「戸建てに住みたいか?」については13人が「はい」と答えています。ただやはりお金の問題が絡んでいるので「予算次第では災害公営住宅に入る」という人が1名おられます。私自身は、この方をマンション形式の建物へ入れたくはない、と心の中で思っています。

 

今年の秋には、環境未来都市構想と連携して住田町がモデルハウスを3棟建設する予定と聞いており、実際にそれを見て、いくらの予算でどのような建物ができるのかを判断したい、夢を考えていきたいと思っており、完成を楽しみにしています。一方で、再建の会の中では、高齢者世帯は義援金や年金で暮らしているため、いまさら大きなお金を住宅にかけられない、という切実な問題があります。そういった要望に対して、鈴木さんと相談しながら、この図のような「最初は最小住宅 時とともに成長する住まい」、必要と余裕があれば少しずつ増築できるような仕組みをもった住宅を提案しました。子どもが故郷に帰ってきて、孫ができてもその分を増やせるような成長できる住まいのプランです。
高齢の2人暮らしにも対応できるような提案にし、間取りはこういう形ですね、スペース的には4人住まいの仮設住宅にもう1部屋ある程度の最小住宅です。

 

住まいづくりの担い手は、地元の工務店、建設会社で、そして、できるだけ地元の建材を使って建てるようにしたいと話しています
設計や職人さんは、今後の需要に合わせて、一時的に他地域からの人に参加してもらえれば、将来、建築需要がガクッと減っても地元の業者に問題が生じることはないし、地元の手で建てられていれば、後々の建て増しや改修にも対応できます。
ハウスメーカーに丸投げするようなやり方ではなく、やはり地元の産業と人材を育てながら、後々の増改築の仕事がきちんと地元に残るような形にするべきだとわれわれは考えています。
防臭等も要約形になっていく、これからがいよいよ本番で、市にお願いするばかりではなく、気仙の力、そこに生きるわれわれが、外の方から知恵を借りながら、自らやることは、たくさんあります。

 

城本 ありがとうございました。行政の枠や支援事業とはまた別に、自分たちの手で自分たちに必要なものを、地元の産業と将来を見据えながら、取り組む必要がある、ということですね。

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