イベントレポート詳細Details of an event

第9回AGC studioデザインフォーラム
「道理と信念をかけて逸脱する」 ~”坂流”コンペに勝つデザインとは~

2011年9月17日(土) 開催
講演会/セミナー

「カーテンウォールの家」「家具の家」「紙の家」などで知られる建築家の坂茂氏。近年では「ポンピドゥー・センター・メス」や銀座の「ニコラス・G・ハイエックセンター」でも有名だが、その華々しい経歴に反して、坂氏のコンペ勝率は非常に低いらしい。もちろんそれは独自の世界を構築しグローバルに活躍する、選ばれた建築家だけにつきまとう宿命ともいえる。常に高い評価を受ける一方で、勝ちきれないことがほとんどなのだ。

 

そうした坂氏の下で、チームリーダーを務める岡部太郎氏によると、コンペに勝つデザインには「共通する秘訣がある」という。本当にそうした魔法のようなエッセンスがあるのか? 坂氏の間近でその手法を見て実務を動かしてきた岡部氏が、自ら関わったニコラス・G・ハイエックセンターの実例と多数の負け事案なども通して、”坂流”コンペに勝つ方法を客観的に語ってもらった。

 

ニコラス・G・ハイエックセンターの裏話

 

私はいくつかの設計事務所を経て、2004年から坂建築設計に加わりました。その2004年というのは坂事務所にとって節目の年でもありました。いうまでもなく「ポンピドゥー・センター・メス」のコンペに勝った年だからです。
じつは、ポンピドゥーのコンペは坂事務所として、初めて勝ったコンペなのです。坂は、それまでの20年間、コンペで連戦連敗でした。私が加わった2004年以降も約10のコンペに参加し、とったのは2つですが、その3倍以上ものコンペに参加していますので、勝率は1割未満になります。
ですから今日は、そうした、勝ち取れなかったコンペ案件を含め、私が関わった事例をご紹介します

 

先ほどの見学ツアーで実物を見てきた銀座の「ニコラス・G・ハイエックセンター」はコンペで勝った案件です。私はチームリーダーとしてコンペの最初から竣工まで関わっています。
最初にプロジェクトの概要に触れておきますと、スウォッチ・グループ・ジャパンの東京本社兼ショールームを銀座につくるというものです。ご存知のようにSwatch社は世界最大の時計メーカーであり、約20のブランドを持っています。そのうちよく知られるオメガとスウォッチに、平均単価数百万円という複数の超高級ブランドを5つ加え、計7つのブティックをあの敷地に納めるというプロジェクトでした。
コンペでは最初に設計要項が提示されます。例えば、どの階に、どれくらいの広さで、どんな部屋を置くかなど、細かな条件が出ます。
この時は、もっとも知名度の高いオメガを1階に入れ、2階にはどのブランド、3階にはどれ、といった具体的な指示がありました。で、坂はその要項を見た時、このプログラムそのものが大問題だと感じて、指定された条件をすべて無視する案を練ってきました。
もうその時点で失格になる可能性もあるわけですけれど、坂は施主からの与件をあえて否定したのです。
というのも銀座の街には1階の店舗には多大な集客力がある一方、他の階にはそれほどお客さんが来ないという傾向があります。要項に書かれた「1階にもっとも有名なオメガが入って、2層目以上の階にお客さんが立ち入りにくいハイエンドな超高級ブランドが入る」なんていう状況は、実際の店舗として成立しそうにないのです。
そこで、坂が考えた答えは、もっとも商業的価値の高い1階から全ての店を締め出すことでした。1階を公共の空間にし、全ブランドの小さなキオスクを置くということで、銀座特有の集客特性を解決しようとしたのです。

 

先ほど見て来たように、この写真が竣工後の姿です。
全ブランドの床の一部が1階に出張してきています。ガラス製のショーケースがあり、お客さんは全てのブランドを見て、比較することができます。あるブランドに興味を持てば、その目当てのショールームに直行するエレベータに乗ればいい。こういう考え方により、全てのブランドが銀座の通りから等しいアクセスを得られます。
そして、このコンセプトを補強するために工夫をしました。そのひとつがビルの正面と裏通りの両面に設置したガラスシャッターです。閉じている時は普通のカーテンウォールですが、開けるとフルオープンになります。全階の空中庭園も見えます。
このように1階部分は通り抜けのできる路地になりますので、床の仕上げは銀座の歩道と同じ御影石にしました。そうなると1階へはごく自然に入れるので、本当に裏通りから表通りへ自転車で通り抜けて行く人もいるくらいです。

 

伝統をベースに独自の工夫を重ねる

 

実は、銀座の旧い建物はすべて通り抜け可能な造りになっており、その伝統を取り入れた形になっています。
ただし、通り抜けできるフルオープンな公共空間とするには、ひとつ障壁がありました。それは駐車場です。
条例によって、この敷地に建てる新規物件だと19台分の駐車場を設置しないといけません。普通はコンクリートの壁で囲った立体駐車場や地下駐車場を設けることになるのですが、こんな狭い間口に地下へ降りるスロープなど設けたら、フルオープンな空間などできませんよね。コンセプトが損なわれてしまいます。
そこで開発したのが「消える駐車場」でした。普段は真っ平らな地面ですけれど、この写真のような箱が地下から上がってきて、車を収納してまた地下へ戻っていく。車を運ぶ機械は既存のものですが、箱の部分は独自に開発しました。

 

別の工夫としては、銀座は非常に緑の少ない街なので、坂はどうしても緑を増やしたいと考えました。もちろんそういう樹木や草花をたくさん植える場所などありませんから、壁面を垂直の公園に見立て、屋内緑化を図っています。13階まですべて本物の植物で覆われているのです。

 

後で触れますが、この植物は実験を繰り返し、この環境で生き残れるものだけを使っています。
また、銀座の建物の最上部は広告の看板が乗っていることも多いのですが、屋根もランドマークとして大切な要素ですので、ポンピドゥーと類似の骨組みを鉄骨で造っています。最上階は多目的ホールですから、イベントなどで利用なさる方々は、その骨組みの面白さを内側の下方から眺めることができます。
この絵が、コンペが始まった時の坂の最初のスケッチで、第一案です。こうしてパズルのように各ブランドの部屋が動くという案になっています。常に配置転換をできるのでブランド間での集客力に差が生じません。
面白い案だったのですが、ここへ毎日来る人でないと、その面白さや可変性を理解できないわけです。また仕掛けが大掛かりになるので、この案は行き詰まりました。

 

次に出て来たのが、現在のベースとなったアイデアです。1階に各ブランドの”出店”を設けるというものです。
この案で進めようとなって、実際に提出するための設計が始まるわけですが、坂はこの7年の間、いつも2週間かけて地球を1周してくるという生活パターンを続けていますので、基本的にオフィスに居ることがほとんどありません。
とはいえ、プロジェクトには細部に至るまで関わりたい性分なので、ファクシミリで図面をやり取りし、設計を深めていくという手法をとります
で、こちらがコンペの時の図面で、こちらが実施図面です。コンペ時と実施時に設計が大きく変わることは多いわけですけれど、この案件では両者がかなり近いものになっています。
どちらかといえば、コンペの時よりもよりエクストリームなものになっています。
消える駐車場もその1つで、コンペ時はガラスで囲うような案だったのですが、先に話したように実施時は地下へ消えていくものへと改良されています。これが平面図ですね。各ブランドへ行くエレベータが7つ設置されています。
そして、実際の現場監理に入ると施工するゼネコンさんとの闘い(笑)が始まるわけですけれど、とにかく施工者やメーカーさんからきたものをできる限り図面へ近付けるよう努力します。ガラスシャッターも当初は真ん中に柱のある既存タイプのものだったのですが、実施時には独自開発の1面ものになりました。
植物に関しても、竣工後にも生き残るものを探し、1年かけて実験を繰り返しています。そこで生き残ったものを、建物へ移す3カ月前から、光や水を減らすなど、実際の建物と同じ状況に置いて耐性を獲得させる手順を踏んでいます。

1 2