イベントレポート詳細Details of an event

第7回 AGC studioデザインフォーラム
「NAME/名前や既成概念を消し、初めてのように考える」
~建築家が”スーパーしろうと”であることの意味~

2011年7月26日(火) 開催
講演会/セミナー

「住宅は、いつから住宅になったのか?」「人が住めば住宅なのか?」「飲食店は飲食店として、美術館は美術館として設計されるから飲食店や美術館になるのか?」──国内はもとより世界からも注目される若手建築家の谷尻誠氏は、ア・プリオリ(先天的・生得的)と思われがちな事実や意味を常に疑ってみるという。

 

いつも、初めて考えるときのように、既成の概念や付与された名前さえも一度解体して更地化し、新たに掘り起こして考えるのを習慣にしていると話す。「そういうふうに考えるのが建築の役割で、例えば、絵がどのように飾られるのがいちばんいいのかを、初めてすることのように考えると、新しい発想の美術館ができ、社会に豊かさを創り出すことができる」とも言う。独創的なアプローチで、不便な崖地を眺望に優れたリビングへ変えたり、住宅や保育園の廊下を路地に見立て、子どもの自由な遊び場を演出したり、さらには狭小住宅に”離れ”的な広がりをもたらした例など、谷尻氏は、さまざまな実作の考え方とアプローチを飾らずに紹介する。
「コミュニケーションにおいてはスーパー素人でありたい」という谷尻氏が「NAME」という名のテーマで講演を行った。

 

僕は中学生の頃から部活動でバスケットボールをやっており、身長が低いこともあって3ポイントシュートを懸命に練習していました。
練習では100本中95本入れられるようなレベルに達したこともあったのですが、試合だと相手が邪魔をするので確率は下がります。この3ポイントシュートというのはゴールから6メートルちょっとのところにラインが引いてあり、だいたいその辺りから打ちます。「ここから打っていいよ。入れば3ポイントだよ」ということを示すラインです。
一方、守備側にしてみると、「ここから相手が3ポイントを狙って来るぞ」というラインでもあるわけです。だから、そのラインを意識して厳しく守ります。
そういう相手側の考えに気付いた僕は、3ポイントラインからさらに1メートルほど遠い場所でシュートを打つ練習をしました。そこからだとそれほど厳しいマークをしてきませんし、マークされても、今度は味方の動けるスペースが大きくなって攻撃をしやすくなります。
このように視点や立場を変えるだけで、あるものが持つ意味や使い方が大きく変わってくるのです。

 

これは僕が大切にしている本の表紙です。『はじめて考える時のように』というタイトルですが、この「初めて考える」というのがすごく重要だと思うのです。
例えば、住宅の設計を頼まれると住宅になり、飲食店の設計を頼まれると、それらしきものができてしまう。でも昔は、最初は、どうだったのだろうと、考えるわけです。実は人が住んだから住宅であり、飲食物を提供するようになったから飲食店ではないか、と。
どうして住宅は、住宅になるのだろう?
美術館も、ある場所に初めて絵が飾られることによって美術館になるのではないか? と。そうすると、絵がどういう空間に、どういう風に飾られるのがいちばんいいのだろう、と、そういうことを考えるのが建築にとって重要なわけです。
で、美術館を設計した経験のない建築家は美術館の設計を上手にできないと言われがちですが、決してそういうことはないと思うわけです。初めて考えるからこそ、新しいものを創り出すことができる。初めてだからこそ、可能性がある、と、そういう価値観で建築に臨むようになりました。

 

名前についても、それと同じ文脈で考えています。つまり、例えば「コップ」という名前がなかったら、どうなるのだろう? ということです。目の前のコップを「コップ」(と名付けられたもの)と思うから「液体を入れて、飲むのに使う」という見方をしてしまう。固定観念にとらわれてしまうのです。
一方、名前をなくしたとたん、機能が増えます。それは花瓶になるし、水筒や小さな金魚鉢、鉛筆立てにもなる。積み上げて壁や建物にしてしまうことだってできるでしょう。
最近は、そのように何でも名前を取り除いて考えてみようとしています。そうすることにより、機能が増える。逆に考えると、名前は、それを付けることによって限定的な機能が生まれます。
例えば、建物が出来上がったばかりで外構工事を終えていない住宅がある。その玄関のところに段ボール箱を置き、POSTと名前を書いておけば、郵便屋さんがそこに郵便物を入れてくれる。段ボール箱が、名前を書いた瞬間にポストの機能を持つようになるのです。

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