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第6回AGC studioデザインフォーラム
「人口減少社会から生まれる新しいクリエーション」 ~この先の公共のかたち~

2011年6月24日(金) 開催
講演会/セミナー

「建築やアートなど、創造的行為を生業とする私たちにとって願ってもない時代がやってきつつある」
曽我部昌史氏は、人口減少に転じた日本や先進諸国の現状と未来を、こう見立てる。多くの社会学者が指摘するように、いまは「長期的な人口減少」という先進社会が初めて直面する大転換点にあるが、行政や経済界などはそれに対する直視を恐れ、変革を先導する心構えも、決意も、そして十分な準備もできていない。しかし、その一方で新しい時代への息吹は地域で確実に生まれ始めている。

人口減少時代の建築とは、どのようなものなのか? いかにしてその時代に対処すべきか? 「空間が先で用途は後」「セルフビルド」「見立てる技術」「経済性の超越」という4つのキーワードによる仮説を唱える曽我部氏が、自らのプロジェクト紹介を通して、過去と未来をつなぐ建築文化のありようを、たっぷりと語った。

 

人口減少で変わる世の仕組み

 

今日は「この先の公共のかたち」というちょっと大げさなテーマで話します。まず大問題がこのグラフです。
これから人口が減って、ますます高齢化し、消費も減る。設計の注文が少なくなり、建物を使う人も減少する。これからの建築業界は基本的に斜陽産業と言われています。ただ、大学の教員もやっていると「建築学科は人気があります」と言わなければならない(笑)。
そういう立場上の問題もあって「本当にそうなのか?」と問い直したい気持ちがあります。
これが日本の人口推移グラフです。
昭和元年は約6000万人でした。85年経った現在、1億2000万人台をピークに下降へ転じました。あと80年経つと、また6000万人程度へ戻ると予想されています。時々、産業が成長したから人口が増え、これからも制度や法律の整備と経済政策次第でまた人口を増やせるという人もいますが、これは嘘で、そうはならないはずです。
ちなみに、これまでは人口増加に合わせて社会の制度や仕組みができていました。風景や街並み、集合住宅などを含め、日本中が均質化してきたのも人口増加に合わせて仕組みや制度の効率化を図ってきた結果なのです。
しかし、これからは人口が減り続け、これまで作った仕組みと暮らしが合致しなくなる。建築も状況に合わせて変わらなければなりません

 

世界に目を向けても人口動態は日本と同じような推移をしてきました。このグラフに示すように、産業革命の前までの人口は欧州も日本も微増という状態でした。
考えてみると、人口なんて少ないほうがいいのです。都会のラッシュアワーを体験すると、そう思いますよね。人間が増えれば増えるほど環境破壊が進むし、人間の活動そのものが環境破壊だともいわれている。人がそれほど増えなかった時代は婚姻制度や倫理観などで人口増加を制御してきた側面があります。
ところが産業革命によって使えるエネルギーが増し、食料供給も増え、さらに貨幣が価値判断の中心となった。お金でものごとをはかり、経済的側面からものごとを判断する習慣が支配的になりました。そうして人口爆発が起き、グローバル化し、今日に至ったわけです。

 

一方、ヨーロッパ諸国と日本が同じような人口の伸びと減衰を見せているのに対し、中国やインドに代表される新興国の人口はこれからさらに増えると言われています。それはそうなのですが、それらの国々も、じつは私たちとピークが20年ほどずれているだけで、近い将来、減少に転じるといわれます。
つまり、人口減少に適合した社会の仕組みを先んじて構築・整備すれば、中国などの急発展している国々に対し、また20〜30年ほどのアドバンテージを得られることになるのです。なので、年金や社会保障等の問題もありますが、現在の人口減少を悲観して人口を維持しようとしたり、減少を食い止めようとするのは問題の先送りでしかなく、かえって危険です。むしろ、人口減少を素直に認め、それに合わせた仕組みを積極的に考えたほうがいいでしょう。
もちろん変革期なので、例えば会社が倒産したり、職を失うとか、仕事にあぶれる人も出ているわけで、安直な現状追認はできませんが、少なくとも右肩上がりに合わせていた仕組み自体は変えなければならないわけです。

 

僕は建築の設計をやっていて、ここにいらっしゃるみなさんも同じ業界の方々でしょうから、もともと新しいものを生み出すのが好きでこの仕事をやっていると思います。世の中の仕組みが変わらざるを得ないということは、ほかの人や先人がやったことをそのまま繰り返すのはおもしろくないと思い、自分で考えて新しいものを生み出したいという人にとって、願ってもない時代が到来しつつあるわけです。
それで、そういう世の中の仕組みなど「新しい公共のかたち」を考えると、これから街のリソースが(このリソースは建物だけでなくヒトや街の文化も含みます)リサイクルされる時代に入ります。
基本的なリソースはもうすでにあるわけで、例えば人口が半分になれば1人当たりの建物の空間が倍になります。1人当たりのインフラが多い社会は生活しやすくなるはずで、今あるものを上手に生かしていくと、より幸せな状況が作り出せそうな気がします。
ただし、いまのリソースをリサイクルする際に、今までと同じようなやり方をしてはダメと思います。以下は仮説ですが、具体的に説明しましょう。

  

用途は後から来る

 

最初は「空間が用途を引き寄せる」ということです。これ、当たり前のように思いますが、従来の建築の世界ではほとんどありえない、非常に特殊なことだったのです。
右肩上がりの時代には、用途に合わせて空間を作るのが常道でした。事例を見てみましょう。
ここにある写真はいずれも美術のための建築です。左上が「スカイテラスハウス」という東京・根津にあるコンテンポラリーアートのギャラリーですが、元は銭湯です。右下は私たちみかんぐみが改修を手掛けた「バンカートスタジオNYK」で、元は日本郵船の倉庫だったところですね。右上は京都の中心部にある元・明倫小学校で、今は京都芸術センターになっています。右下はテート美術館の別館「テートモダン」です。以前は巨大な発電所だった建物です。
つまり、かつて銭湯、倉庫、学校、発電所という用途で設計・建築された空間が、いまはアートという用途に置き換えられている。「リノベーションブームだから当たり前」という人がいるかもしれません。

 

でも、これらの例は、単なるブームと本質的に違います。例えば、この写真はスカイテラスハウスの内観です。真ん中に間仕切りがあって両側のハイサイドから自然光が降り注ぐ。たまたま銭湯が求めた空間が、こういう作りを呼び込みました。
より分かりやすい例は、テートモダンです。旧式の発電所だったので非常に巨大なタービンがあり、そのタービンホールは7階吹き抜けなのです。こんなに大きな空間は普通存在しません。
そうすると例えば、この中で人工の地球環境を再現するなんていう非常に大掛かりで手の込んだ企画展示もできます。ルィーズ・ブルジョアによる非常に有名なプロジェクトでしたよね。

 

もし、ホワイトキューブの美術館としてテートモダンを設計しようと思ったら、こんなに大きな空間はつくれません。「そんな天井の高い部屋はムダだからやめてください」と役所もオーナーも言うでしょう。先の4つの美術館は、いずれも最初に空間があって、それを美術館に見立てることによって成立した特別なものです。
また、美術館というジャンル以外でも空間の用途を変えた再利用はいろいろあり、生徒が減った(=人口減少した)学校などでもよく見かけます。この学校という空間は「建築基準法と補助金」という旧来の世の中の仕組みで作られてきました。7~8m四方の50m² くらいの教室で私たちの誰もが過ごしてきたわけです。
その程度の広さを満たせば教室としての補助金が出て、それより大きくすると自腹が増えるから広くしないのです。高さも同じで「教室の天井高は3m以上に」というようなことが建築基準法に書かれているから3m程度になり、コストと効率を価値基準にする右肩上がりの社会では天井高を10mにしようなどとは考えません。
よく言われることですが、このように、これまでの建築は用途の最低基準が空間の標準にすり換えられてきました。従来、私たちが設計し、暮らしてきた空間は最低基準なのです。しかし、そうした最低基準も「空間が用途を引き寄せる」と考え直せば、変わってくるのではないかと思います。

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