イベントレポート詳細Details of an event

第1回 AGC studioデザインフォーラム
「ガラスを使った設計について ─AGC studioを中心に─」

2010年12月21日(火) 開催
講演会/セミナー

Tasaki GinzaやDior Ginzaのファサード、日比谷花壇のフラワーショップなど都市建築を独創的なガラス使いで表現してきた乾久美子氏。再開発が進む京橋の一隅を照らすAGC studioの核心部も、乾氏によるガラスのディ・コンストラクションが施されている。一見シンプルだが、実験と試行を重ねたその意匠について「部屋と部屋との間にある空間の距離感を、ガラスの特性で操作したかった」と乾氏は言う。

 

AGC studioでは、補色関係にあるオレンジとブルーのカラー中間膜合わせガラスを間仕切り壁とし、斬新でありながら清潔で居心地の良い半透過空間を出現させた。カラー中間膜合わせガラスが持つ色彩と遮蔽の効果で、スケルトンの空間に「不思議な距離感」と「ゆるやかな遮蔽」が生まれる。隣の空間が透明で見えているはずなのに、目障りでも、耳障りでもない。補色効果により、ガラスのすぐ向こうがブルーやオレンジに染まる一方、その向こう側がグレーや天然色の借景に変化したりもする。商業施設はもちろん、住宅までにも応用可能な内装素材としてのガラスの特異な可能性を、体感と施工例を基に乾氏が講演した。

 

[講演概要]


撮影 河野太一

いま皆様がいらっしゃる「AGC studioオフィス・会議室エリア」は、カラー中間膜合わせガラスで仕切っています。オフィスと会議室の間のガラスはブルーで、会議室と打合せスペースの間はオレンジです。マンセル値で補色関係の色を選んでいるので、2枚のガラスを通してみるとそれぞれのガラスの色が打ち消しあって、グレーに戻っています。そうすると、間に入っている空間のものだけが色に染まることになり、見ていると不思議な気持ちになります。また、打ち合わせスペースと会議室のコーナーに立つと、ブルーのガラスとオレンジのガラスが直交していて、この2枚のガラスが重なった奥にある空間は天然色に戻っています。それに対して、手前にある両側の空間はオレンジまたはブルーに染まった空間になっています。



 


撮影 河野太一

逆に、向こう側へ行き、打合せスペースからこちらの会議室を見ると、手前にオレンジのガラスがきてその奥に(皆さんの背後に)ブルーのガラスがきているので、奥のオフィスエリアがグレーに戻って見えるインテリアになっています。アイデアとしては単純で、色を用いたトリックみたいなものですが、空間に色がつくことによって隣の部屋との距離感を操作できたらいいなと思いました。ガラスは比重が大きく音をかなり反射し、音の遮断には良い傾向があって、音響的には距離感が生まれる素材です。そのかわり、視覚的には何も遮断しません。ここでは、ガラスを利用したいのだけれど、やはり視覚的なプライバシーを少しは欲しい。そこで色というフィルターを通すことによって、距離感が少し出ればと考えました。隣同士で全く違う活動をしていたとしてもそんなに不愉快にならない、よい感じの心理的な距離感が生まれればよいと思ったのです。



 

全体としてガラスの美しさを最大限に保つために枠なしに見せるようにディテールに気を遣い、天井もエキスパンドメタルで覆って照明やスプリンクラー、空調などが見えないよう工夫しました。また平行になっているガラスの隣同志は違う色にするようにルールづけて配置しています。最初のうちは模型を作って、いろいろな色を試しました。補色でも多様な組み合わせを考えられるのですが、最終的には自然界に普通に存在する色のバリエーションにした方がいいのではないかということで、朝日や夕日、朝焼けや、夕焼けのオレンジと空を喚起するブルーの2色を選びました。人工的なインテリアだけれども日常の中で見慣れた色味を選ぶことですんなりと、違和感なく楽しんでいただける内装になればいいと思いました。

 

ところで、使用したカラー中間膜合わせガラスは、中間膜(フィルム)をガラスの間に挟み込んだガラスです。8種類のフィルム組合せによって、相当数の色のバリエーションが作り出せる仕組みになっています。この写真は事務所でやっていた実験装置です。ブルーとオレンジの2枚のガラスの奥にスライドを見るためのライトボックスを差し込んで、明かりをつけ、ブルーとオレンジのガラスを通して反対側にくる光の色温度を測定して、正しい補色関係をもつ組合せを探していきました。その結果を表にしてみて、組み合わせの当たりをつけてから、合わせガラスの試作をしていただき、最終的な実験に移行していきました。

 

こうした設計に取り組んだのは、先の「距離感の操作」に加え、もう一つ大きな理由があります。それは透明なガラスの表現に限界を感じつつあったということです。例えばアップル社のガラスのエントランスなどの表現をみると、ガラスが構造体になっていて、ガラスの万能性を証明しています。透明で、雨、風もしのげば、構造にもなる、そんな夢のような素材の有り様が達成されてしまっては、透明なガラスは表現として極限まで行ってしまったなという印象を覚えます。つまり、透明さというものをいくら追求しても、これ以上面白いものが出てくるという感じがしないという時代に、今、私たちはいると思っています。

 

現在、ガラスの表現は多様化しており、透明でフラットであるというガラスの概念を崩すかのように、湾曲した透明板ガラスが出てきたり、もしくはガラスというものは透明なものではなく、むしろ不透明な素材なんだということをわざわざ言うような作品があったりとか、もしくはガラスの反射性といったものを強調するような作品(ギャラリー・ラファイエットベルリン店)が出て来たりというように、ガラスの表現はありとあらゆる方向で多様化していると思います。そうした時代にガラスのショールームを作るのはなかなか悩ましいものなのです。ガラスのショールームとして、ガラスの使い方の新しさというのを出さなければいかないのだが、ただエンジニア的な視線で新しいだけではだめだと感じてカラーガラスに着目してみたわけです。

 


撮影 河野太一

他にガラスで特異な表現をしたという事例を少しだけ紹介します。
これは、同じ界隈の銀座中央通り沿いにあるTasaki Ginzaのファサードです。一見すると、枠にガラスがセッティングされている普通のディテールをもつ当たり前のカーテンウォールに見えるのですが、枠は8種類ほど素材や色を用意して、ガラスは6種類の透明度が異なるものをその中に入れています。枠の見込みは8種類、枠の面からガラスの面までの距離を見込みとして、これを4種類用意して、組み合わせで1152種類の枠とガラスのセットができます。それらをファサード全体にばらまくのですが、ファサードは面積的にさほど大きくなく、必要とされる数は1152よりも少ないので、出来上がったファサードに使用されているセットは、一つとして同じものがない状況になっています。一つひとつがすべてオリジナル、唯一であるということにして、一つとして同じものができない真珠という商品の特性のようなものを表現できればと思いました。同様に、一つとして似たようなビルがない、いわゆるヨーロッパの旧市街とは全く違う超モザイク状の銀座という街並みの風景に対して、それを縮小コピーしたかのような姿をこのファサードに表せたらいいのではないかと思いました。



 


撮影 河野太一

もう一つ、ガラスの表現できれいにできたと思っているのは、大阪駅前にあるLouis Vuitton Hilton Plazaです。ここでは風圧を受ける束と、上下の枠とでガラスを支持しています。ガラスの奥にステンレスで作った斜め格子を建てこみ、さらにその奥に、斜め格子と同じようなパターンを持つ壁紙を貼るという3層構造のファサードです。斜め格子は鏡面加工をしていますから後ろにあるプリントの壁が写り込み、非常に複雑な見え方を作りだしているファサードになっています。ポイントは、ガラスの透明感をより強調する存在として、ステンレスの斜め格子を利用していることです。ブランドショップのファサードですから、高級で、濁りのない、非常に純粋なものというイメージを作り出す際に、ガラスの透明度だけではちょっと足りないと私たちは思いました。ここではステンレスの鏡面を使うことで、透明感を強調しようとしたのです。ステンレスの鏡面を使うと、普通は街を映し出してしまうので、透明感も何もなくなってしまいますが、ステンレスの斜め格子をファサードに対して直行方向にすることで、街ではなく、奥にある壁のみが映り込むという状況をつくりました。また、その映り込んでいるものが細切れになっていることで、キラキラとした感じがでています。竣工後に発見したのは、直射日光が当たった時の美しさです。ステンレスの斜め格子の影がさらにその奥の壁紙に投影されて、さらにステンレスの斜め格子に当たった反射も奥に映り込んでいくという複雑な見え方が生まれたのですが、それにより昼間でも非常に美しいファサードになったと思います。

 

ガラスは透明な素材ですが、その透明性を追求して行くと、かえって表現の幅を狭めてしまう可能性があるように思います。また直接的な意味での透明性と、印象としての透明の2種類あると思うのですが、私としては印象としての透明性を追求していくべきだろうと思っています。